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軍部の暴走に天皇は嫌気をさしていたようにドラマや本では描かれてますが実際そう...

cit********さん

2009/3/1523:56:14

軍部の暴走に天皇は嫌気をさしていたようにドラマや本では描かれてますが実際そうなんですか。なら何で天皇の一声で軍部を抑えなかったんですか。旧憲法では立憲君主制だったからですか。それならあんなに天皇天皇

言うのもどうかと思うんですが。天皇ってのが日本・日本人にとって特別な存在っていうのは分かりますが。

補足すいません。嫌気「を」じゃなくて「が」ですね。失礼しました。自分は別にだからって天皇も罪になる筈だ!とかそういうことではなくてただ疑問に思ったのです。

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tsu********さん

2009/3/1600:27:49

その時代に生きたわけではないので、資料や文献などを読んでの推測ですが、昭和天皇は質問でも示されているとおり「立憲君主」であるという自身の立場について、英国ヴィクトリア女王の言葉「君臨すれども統治せず」という自覚をお持ちであったようです。

これは、決して責任の放棄ではなく、実際の政治運営等は臣下である議会や内閣、軍部等に任せるが、責任は国家元首たる天皇が負うということです。

戦前は、現人神(あらひとがみ)として天皇が神格化されていたこともあり、天皇の命令は絶対という、ある意味「絶対王政」と混同したような感覚で理解されている人も多いのですが、明治憲法は決して天皇の無制限な権限を保障しているわけではなく、随所に「輔弼(ほひつ)」という文言が出てきます。

「輔弼」というのは、天皇の行為として行う、または行うべきことについて進言し、その責任を負うということであり、行政上の輔弼は各分野の国務大臣が、軍務上の輔弼は陸軍参謀総長と海軍軍令部総長(後には陸軍大臣と海軍大臣も同様)が行うこととなっていました。つまり、天皇の権限とされているものの多くは、実際は臣下が立案・検討し、最終結果のみ天皇に伝えて承諾を得るという形式で進められるわけです。

これに「君臨すれども統治せず」の姿勢で臨むとすれば、それぞれの分野の仕事を専門的に行っている臣下が立案し、奏上した案件に対して、天皇が強権的な「反対」の意思を示すことは基本的にありません。それが例え天皇個人の意思と異なっていたとしても、です。

戦前、天皇が神格化されていた件については、国粋主義的な傾向が強まる中で「神国日本」として天皇を中心とする国家的な団結を強くするため、また政府や軍部が天皇の委任を受けた存在として行政・軍事行為を行うための後ろ盾として、より強調されていた面があるのではないかと思います。

質問した人からのコメント

2009/3/22 23:32:34

感謝 それにしてもこんなずる賢い憲法を考えた伊藤達には辟易すると同時に感心します

>teriethreeさん
ですね。確かにそうです。でも今も昔もマスコミが偏った情報を洗脳の様に流すからだと思います。知ろうとしない無関心の大衆も悪いですが

> tobiken4さん
いいお話を聞きました。何で自国ではこの事を全く教えないんでしょうか。創始改名など悪いイメージばかりありましたがそんなことないんですね。自国自体が反日教育してるなんて

ベストアンサー以外の回答

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ter********さん

2009/3/2115:53:14

ちなみに、2・26事件と終戦は天皇自らのご意思で軍部を抑えつけています。

当時は不完全ながら民主国家だったんですよ。
そして、軍部の後ろ楯になっていたのは「無知で好戦的な大衆」。軍が天皇の裁可も得ずに軍事行動を起したのは、既成事実さえ作れば、大衆が熱狂して支持しれくれるだろうとの確信があったからこそ。

それに、天皇が太平洋戦争開戦に断固反対すれば、国民の熱狂的支持の下軍事クーデターが起こっていたでしょうし、そうなれば天皇自身だってどうなっていたか解かりませんからね。

現在も同じですが、諸悪の根源は無知な大衆なんですよ。

tob********さん

2009/3/1619:18:49

まず軍部が暴走していた等と言う歴史認識自体が間違っている(笑)
日本が朝鮮、満州、台湾、フィリピン等を植民地化しなければ日本という国は必ずロシアの南下政策、欧米勢力の餌食になっていた。上記の日本の植民地は日本帝国最後の牙城であり、生命線であったわけだ。逆にそれをしたたかに、利己的に狙っていた(日本から捥ぎ取ろうとしていた)のはアメリカ、ロシアであり、日本は自国の防衛の為にやむ終えなく侵略、統治する事となった。
しかも、日本の植民地政策は欧米のそれとは余りにもかけ離れており、どう考えても暴走等と言えるような代物では無かった。
まず、欧米の植民地政策と言うものは原住民を抑圧し資源や労働力を収奪するものであり、原住民には教育も施されないまま愚民として放置されていた(教育を受けられるとしても自国語は教えられなく元首国の国語を教えられる)。欧米の植民地政策というものは、原住民と協和するためではなく、原住民を奴隷、動物として扱い植民地を踏み台にして自国のみを富ませるような、そんな政策だったわけである。英国のインド統治がそれを大きく物語っている。それが世界の常識であった。
では、日本はというと、朝鮮の統治を挙げて書く。まず教育だ。日本は欧米等の統治とは違い、植民地にはちゃんと教育機関を設置していた。しかも学校では日本語の他にハングルも教え、民族的な意識もきちんと尊重した教育が施されていた。前近代的な教育を受けていた、もしくは受けてもいなかった朝鮮人の識字率は大幅に増加。日本は教育の面でも他国にまで、貢献していたのだ。欧米のように愚民として放置するのでは無く、日本人の仲間として助け合ってやっていきましょうという意思の表れだ。
日本が原住民に酷い事をしたという指摘がよくマスコミ等に取り沙汰されるが、そんなことはない。左翼がよく言う集団的な強制連行や慰安婦問題などは全くの虚無であり歴史の歪曲だ。まず強制連行者の子孫と言われる在日朝鮮人の多くは戦後日本の統治から開放され腐敗した自国に見かねて日本に不法入国してきた人の子孫だ。日本が戦時中強制的に連行してきた朝鮮人は200人ちょっとであり今の在日何万人という数字とは桁が違い過ぎる。どう考えても嘘デタラメの数字だ。
次に従軍慰安婦の事。これも強制的にやらされたという証言が多いがこれもまた嘘八百だ。朝鮮の従軍慰安婦は強制的に設置されたものではなく、募集されたものだ。しかもその月給が日本兵のそれより高かったと言うから驚きだ。証拠に当時の募集案内書をマヌケにも韓国の新聞が自ら取り上げている。それをネタに強制連行などと騒いでいるのだから笑い者である。まず従軍慰安婦と言うものは名前からして変更しなければならないものだ。正しくは売春婦であり従軍などという単語はくっつかないはずである。
その他にもインフラ整備など諸所の莫大な投資は日本国民の税金で賄われていた。それを指示したのは他でもない軍部である。
軍部が暴走していた等と言う主張は殆ど虚無に近い。戦争と侵略は自己防衛の手段であり、また戦争で得た植民地の統治も諸外国の暴走っぷりに喧嘩を売るような、そんな謙虚で優しいものだった。そんな国のどこに嫌気がさすと言うのだろう?少なくとも殆どの日本国民は愛国心で満ちており自分達の国を人権国家だと自負していたことだろう。それは天皇も同じであり軍部が悪いとか日本は悪いとか今のような責任逃れな反日意識、自虐意識などかつての日本国民には1ミリもなかったであろう。
参考サイト:http://3.csx.jp/peachy/data/korea/
参考文献:日韓併合-韓民族を救った「日帝36年」の真実- 白人はこの500年間世界で何をしてきたか? 中国人による中国人大批判 (本についてはぐぐってください)

yta********さん

2009/3/1612:59:54

帝国憲法からいえば、軍が政府の指揮下に無く天皇に直属しているのだし、軍人の任免権を持っているのは天皇ですから
本来は天皇はもっと積極的に指揮官らしく行動し満州事変の首謀者などは銃殺しなければいけなかったのですよ。
ところが天皇は「君臨すれども統治せず」を理想としていた。
それなら軍を首相の指揮下に置き、首相が軍人を任免できる制度にしなければいけなかった。
帝国憲法のもとでは、軍に対しては天皇はヒトラーみたいに振舞わなければいけなかったんですけどね。
しかし
「天皇、天皇」といってるのは
軍が天皇に直属していることによって、軍が政府に従わないでいられるから、ことさら軍が天皇を神格化したのであって
実際には彼らは天皇を自分たちの道具としか思っていなかったでしょう。
天皇が本当に権力を行使して軍をコントロールしようとすれば
軍がだれか別の皇族を立てて、天皇を暗殺したかもしれませんね。

kin********さん

2009/3/1600:59:12

昭和天皇は立憲君主という地位を過剰なまでに意識しておられた方だったので,どんなに不本意な政策でもそれが奏上されれば最終的に必ず裁可されてきました。対中戦争でも,まず開戦に反対の意見を持ち,次に戦線の不拡大を望まれていたことが,当時の側近の証言や記録から明らかにされていますし,日米開戦も先行きに不安を感じておられたにもかかわらず,開戦が閣議決定されると健闘するようお言葉を述べられたことが知られています。
あなたの意見は,当時軍部が実際ありしもない象徴的な権限を実際的な権限が如く扱い,それを隠れ蓑に好き放題したときに,それを逆手にとって実権を奪取し,天皇親政を行って当時の危機を回避する可能性を指摘しているように思われますが,それは昭和天皇の立憲君主としての矜持にそぐわなかったのです。
ただ,あなたの意見を見ると,天皇親政を求めた2・26事件を昭和天皇が反乱と断じたことによって,陸軍の派閥争いが統制派の勝利に傾き,その統制派が統帥権問題などを盾に政治に干渉する軍閥と化していったことがなんだか皮肉に感じられます。

編集あり2009/3/1601:04:35

たとえば張作霖爆殺事件を聞いた昭和天皇は「説明は聞く必要はない」と怒り、田中義一首相(陸軍大将)を辞任させています。昭和天皇はことあるごとに軍紀の粛清を命じてきました。もし開戦責任というものがあるとすれば、天皇が悪いというより、天皇をないがしろにした人たちにこそあると思います。

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