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2021/5/2 23:07

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過大評価され過ぎているレスラーと言えば誰!?

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鉄人ルー・テーズ。20世紀最強のレスラー、1933年に16歳でプロレス入り。バックドロップを必殺技として世界の最高峰と言われたNWA世界王座に6度も君臨しました。この記録は破られましたが、王座保持期間通算13年9ヶ月、936連勝は世界マット 史上不滅の大記録です。1957年10月の初来日以来、力道山を初めとする、日本のエース達と数々の名勝負を演じ、その後も 日本マット界に大きな影響を与えました。74歳までファイトし、引退後はバージニア州ノーフォークで道場を経営して後進を育てていました。ビッグマッチの立会人としてたびたび来日して日本の若手選手の指導にあたるなど、日本のプロレス界とは切っても 切れない縁のあった大恩人でした。1948年7月にワイルド・ビル・ロンソンから、4度目のNWA世界王座を奪取してから、1955年3月22日にサンフランシスコでレオ・ノメリーニに反則負けで敗れるまでの6年8ヶ月間で936連勝(引き分けを挟めば連続 2000試合不敗という金字塔を打ち立てました。1963年1月にはカナダ・トロントでバディ・ロジャースを破り、テーズは47歳にして6度目のNWA世界ヘビー級王者に返り咲きました。ちなみにテーズが初めて世界チャンピオンになったのは21歳の時でした 1966年10月にはテーズが当時50歳の時にバディ・オースチンを破り、WWA世界ヘビー級王座獲得も2週間後にマーク・ルーインに奪われ、1977年8月には初代UWA世界ヘビー級王者に認定されましたが、ほとんど、防衛戦を行わず、1年後にエル・カネックに王座を奪取されます。 Lou Thesz パーソナルデータ 本名 同じ 生年月日 1916年4月24日 出身地 アメリカ・ミシガン州バナット 身長 191cm 体重 102kg ニックネーム 鉄人 得意技 バックドロップ デビュー戦 1933年9月、対戦者不明 主要タイトル歴 NWA世界ヘビー級、インターナショナルヘビー級、TWWA世界王者、UWA世界ヘビー級、NWAテキサスヘビー級 略歴 16歳のときに地元セントルイスでデビュー。ジョージ・トラゴス、アド・サンテル等のコーチを受けて、21歳でエベレット・マーシャルを破り、早くもNWA世界チャンピオンとなる。48年のワイルド・ビル・ロンソン戦から55年3月22日のレオ・ノメリーニ戦まで前人未到の936連勝(引き分けをはさむ)という大記録を打ち立てる。日本でも57年10月7日の後楽園球場で力道山と歴史的名勝負を繰り広げた。結局、66年1月7日にジン・キニスキーに敗れるまで通算6度のNWA世界チャンピオンとなる。特に第38代王者(自身4度目)政権は7年8ヵ月もの長期政権となった。 その後もTWWA世界王座・UWA世界王座の初代チャンピオンとなり、また、馬場のインターナショナル王座の2度目の防衛戦・猪木のNWF王座の初防衛戦に来日するなど健在ぶりを示していたが1986年に右臀部の大手術を行い、それ以後、レスラーとしてはほとんど活躍していない。 名コーチとしても知られており、サム・スティムボード、ブラッド・レイガンズ、ムグエル・ペレスJr、ジャンボ鶴田、ブルーザー・ブロディ、蝶野正洋、田村潔司などにコーチをしている。2002年4月28日、心臓マヒのため死去、享年85歳。 “20世紀最大のレスラー”と呼ばれ、アメリカでのプロレスの最盛期を作り上げた、まさに「鉄人」である。 雑誌「BRUTUS」1999年2月15日号より プロレスを考える時、いつも思うのは以上の4箇条だ! 1、 プロレスは骨折競技ではない。芸術でなければならない。 2、 歴史を作っているのはレスラーであって、歴史家じゃない。 3、 プロレスラーに必要なもの? 心、技、体に決まっている。 4、 プロレスを幻想だと言うなら勝手に言え。子供たちにこんなに多くの夢を与えられる幻想ってほかにあるかね? ルー・テーズのライバル達 テーズに “あなたの王座期間に挑戦してきたレスラーのベスト5を挙げて下さい” という質問をすると必ず返って来るのが、順不同で、ディック・ハットン、ジョージ・ゴーディエンコ、力道山、ダニー・ホッジ、カール・ゴッチの5人。それぞれのレスラーについて、テーズは次のように言っている。 ハットン 寝技だけを取れば、古今東西ハットンに敵うレスラーはいない。無論、私も含めてだ。 ゴーディエンコ 全身のパワーがとてつもなく凄いレスラー。そしてゴーディエンコほどスタミナのあったやつはいない。どんな攻撃を仕掛けてもパワーでクリアされてしまう気がしたよ。 力道山 私のキャリアの中で、これほど短期間に、しかし壮絶にライバル関係にいられたのは力道山を置いて他にいなかった。とにかくキル・インスティンクト(殺意)に満ちたレスラーだった。 ホッジ 試合中に殴り合いになれば誰にも負けない自信があったんだが、ホッジと殴り合いをするのは愚の骨頂だったよ。モハメド・アリは実際はハード・パンチャーではなかったよ。ホッジのパンチの方がはるかに強烈だったよ。 ゴッチ ゴッチさえいなかったら、私の王座はあと二年は長持ちしていた。本当に恐ろしい男だったよ。グレコローマンの技術と関節技の技術では、ゴッチは完全に私を上回っていた。 ルー・テーズの師匠 テーズが最も尊敬するエド・ストラングラー・ルイスについては、 「皆が私のことを史上最高と呼んでくれるのは嬉しいが、史上最高は私ではなくルイスだろう」 と言っている。 1963年9月2日【コロンバス】○ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ● 1963年9月21日【コロンバス】△ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ△ 1963年12月27日【セントルイス】○ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ● 1964年1月18日【コロンバス】△ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ△ 1964年4月18日【シンシナチ】△ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ△ 1964年5月2日【デトロイト】○ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ● 1964年8月18日【タンパ】○ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ● 1964年9月7日【コロンバス】○ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ● 1964年11月23日【バンクーバー】△ルー・テーズ 対 カール・ゴッチ△ 通算成績は、テーズ側から見て9戦5勝4分ということになります。 テーズはカール・ゴッチと9戦して1度も負けませんでした。 本当にテーズは鉄人でした。 なのでルー・テーズは20世紀が生んだプロレス最強の男です。 プロレスの神様のような人です。 不世出の名レスラー、名実と共に世界マット史上最強のプロレスラーですね。 20世紀最大のレスラー、不滅の鉄人と最大級の称号を与えられた不世出のプロレスラーですよ。神が地上に降ろした鋼鉄の男ですね。こんなプロレスラーは二度と現れないですね。テーズ見たいなプロレスラーは二度と出てこないと思います。

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ミルマスカラス選手です。日本ではほとんどトップどころと闘いませんでした。石川・セブン組とかが思い出されたかのようにテレビ中継の時は相手を務めたのにレジェンド扱いです。

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馬場かな、タイガー、長州革命から入った比較手多くのファンは80年代以降リアルタイムの視聴、観戦時ではどこがスポーツ選手として凄いのかわからないと思う。当方も然りです。