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2021/5/8 23:00

33回答

特攻隊などの事を最近色々勉強しています。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

詳しくありがとうございました。 優秀な彼らの未来を奪った大人は馬鹿ですね。 完全否定はしませんが、お手本としてお前がまず行けよと思いました。

お礼日時:5/14 13:46

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先の回答の方の訂正。 特攻は志願のみではなく、命令もありました。 ピスト(戦闘指揮所)という飛行場の事務所のようなものがあり、そこの前に黒板があり、その黒板に敵の機動部隊の状況が、「浜松沖一五○キロのところに敵機動部隊。一番機、攻撃隊長は三浦忠雄少尉。航法は前村弘兵長。攻撃法は特攻とす」。これが命令伝達方法であった。

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1.まず特攻隊はすべて形式だけとはいえ「志願兵」です。志願してもいない若者は特攻隊にいませんでした。 2.指揮官に代わりは基本的にいません。だから指揮官なんです。それでも何とか成るでしょ、とおっしゃるなら、「それ以上に替わりが沢山いるのが兵士」です。 指揮官以上に替わりが沢山いるのが兵士なのは、軍隊の常識で、基本です。部隊長は通常一人しかいませんが、兵士は小隊でも10人〜30人はいます。 3.特攻作戦(正確には戦術)は、当時の軍隊が取り得る戦術ではもっとも効率的(ゆえに非人道的)で、日本軍がその頃可能だった作戦では「もっとも投入兵力に対して戦果が大きかった戦術」でした。 戦争という行為においてその意味では「意味がないということはない」と言えます。 4.現代の戦争しか知らないと「戦争に負けること」は大したことはないように思えるかもしれませんが、当時の戦争に負けることというのは外国兵が大量に国土に侵入してきて、自分の母親や妻、恋人、娘を蹂躙していくのが「当たり前」の時代でした。 「そういう時代の戦争」だったんです。 質問者さんは一度「通州事件」をお調べになるといいと思います。当時の戦争に負けることというのはそういうことでした。

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