最近、死について考えるようになりました。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

かなりしっくり来ました。 生まれる前の状態と考えたら気が楽になりました。 他の方々も貴重なお時間ありがとうございました。死について考えるのは少しだけにして、前向きに生きていきます

お礼日時:5/10 1:23

その他の回答(6件)

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ID非公開

2021/5/9 23:45

>私の解釈では、死とは無限の無であり意識は存在しないと考えてます。 その考えに固執するなら他人の意見の入る余地ないのでは? 自分は、シルバーバーチの霊訓他の霊界通信で霊的知識を得てるので 死イコール無などとは考えません。 霊的知識を得たなら如何に生きるべきかを考え行動するよに心がけてます。

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なんで死についてそんなに時間を割いて考えることができるのだろう。どんだけ暇なのか。考えてしまうことは理解できる。でも自分はそこまで暇じゃないだけ。他に優先して考えることがたくさんある。

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キリスト教的に言えば、死というのは肉体と霊(たましい)の分離で、本来ならば人間は死ぬものとしてつくられたのではない、ということです。つまり死は人間にとって不自然な状態です。 しかし人間が神の戒めを守らなかったために死ぬものとなりました。生きている状態が自然である人間にとって死は不自然な状態ですから、人間は死を恐れるようになります。 この死からの救済のために神であるキリストは人間となって自ら神と人との間の和解の捧げものとなるために十字架で死にました。しかし三日目に復活して人間は死んだら終わりなのではなく、復活して永遠の生命にあずかることができるという希望を持つことができるようになりました。 なぜならキリストは完全な神でありながらも完全な人間でした。完全な人間であるキリストが復活したのだから、私たち人間にも死が終わりなのではないことを示されたということです。これが福音=キリストによる良き知らせとなりました。 キリストの弟子たちは復活したイエス・キリストの指示で世界中にこの福音を伝えました。その結果わたしはキリスト教徒になりました。 そういうわけなのでキリスト教徒の私としては、質問者様には「死は永遠の無ではない」とお伝えします。この話を信じれば必要を超えて死を恐れたりせずに、多少は楽観的に人生が送れるようになるのではないでしょうか。 もちろんおいしい話ばかりではなくて、困難な厳しい話もあるのですが、長くなりますから、興味があったらお話ししましょう。

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誰にも死後の世界は正直分かりません。 しかし、僕は未来にそんな絶望を抱いては仕方ないので、「死んだら天国に行くんだ。その為に悪いことはせずに良いことをしよう!」っと考えています。 あと、人間は死ぬ直前に脳からドーパミンやその他の幸福感を得られるものを多く分泌するので死ぬ瞬間は案外楽かも知れません。 一説では、死後は人それぞれで、平凡に暮らした人でも死後の世界がどう感じるかは違うという説もあります。 まぁ、犯罪とか起こした人は論外だと思いますが……笑(ちなみに自殺をした人は殺人をした人と同じ、命を粗末に扱っているので、即地獄だと思われます笑どんなに人生嫌でも最期まで生きることをおすすめします!)