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2021/5/10 6:42

77回答

江戸時代に悪さを裁く場合ですが、人を殺した場合も裁かれましたか? 現代だと人を殺したら、逮捕とか裁判で争うと、ありますけど。

補足

江戸時代は、泥棒でも人殺しでも、死刑と言うスゴい時代だったと言う事ですか?

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ベストアンサー

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今から見たら厳しいよね 10両でなくとも、3回目は死刑だし ただ刑法に乗っ取っての裁判だし、 少年法的なものあるから、ひどいというほどではないし 犯罪を侵さなきゃ関係ないこと あなたは、犯罪者が悪いという発想はないのかな もしかして犯罪者か?

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます

お礼日時:5/11 10:52

その他の回答(6件)

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戦国時代のような殺伐とした時代でも、 個人的な事情で、勝手に殺人をすれば、 その土地の支配者から裁かれました。 ですから、治安の安定した江戸時代なら、 殺人は当然、厳しい取り調べを受け、 正当防衛などが認められない限り、罪を問われます。 武士が町人を斬った場合も、全くノープロブレムではなく、 著しく名誉を傷つけられたとか、不義を働いた、 といった、情状を酌量する理由が無ければ、 場合によったら、切腹等の処分を受けました。

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裁判は中期に将軍吉宗が決めた「御定書百箇条」に則り判決されます。遠島以上の重罪は町奉行から老中に伺いが立てられ(仕置伺い)、最終的に将軍の裁決を必要とします。判決は町奉行が言い渡します。 殺人にもいろいろあって、主殺しが最も重く市中引き回しの上、磔獄門です。 過失による殺人は情状酌量され遠島です。

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江戸時代は基本的に朱子学(儒教の一派)の考え方によって法律が定められており、また全般的に現代よりかなり刑罰は厳しいものでした。 放火や多額の窃盗、窃盗の重犯、一般の殺人や強盗、密輸、重過失死亡事故、不倫(女性サイドのみ)などでも死刑になりました。 一方で上の者が下の者を殺害した場合、ちゃんと理由があって届出すれば罪にとわれないこともあります。 例としては主君が家臣を理由あって手討ちにした場合、親が不良息子を殺した場合などは罪にとわれません。 また、養えない、あるいは産まれた時点で障害があるのがわかる場合の赤子殺しなんかは届出なんかしなくても死産として処理され罪になりませんでした。 逆に下の者が上の者に危害を加えたり、それを企んだだけでも死刑、あるいは非常に重い刑罰に処されました。 大岡越前の実際の裁判では、入り婿を嫌って不倫をしていた商家の娘が使用人を使って婿を殺害しようとした事件で、商家の娘と不倫相手、不倫を手引きした女中と殺人未遂の実行犯の女中が死刑、不倫を容認していた母が遠島、何も知らなかった父も財産没収のうえ江戸追放という厳しい裁きをうけています。 ただし公的捜査機関が出張っていない死人の出ていない大抵の事件は内済、すなわち示談ですますのが習慣になっており、この事件でも周辺は大事にしないために示談に駆けずり回りましたが、婿が頑として承知せずに奉行所に訴えでたため、4人もの人間が死ぬ事になりました。

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もちろんです。 時代劇でお白州とか見た事ありません? あれも裁判の1つです。 刑も叱りから今で言う死刑もあり、再教育と言う考えから鬼平犯科帳で有名な長谷川平蔵は人足寄場と言う更生施設を建白したりしました。 泥棒は3回または10両盗めば死刑と言うのを聞いた事があります。