合気道で引き寄せ体質になるなら他の武道ではどうでしょうか?薙刀、弓道、少林寺拳法。https://note.com/soulway/n/ndd857bd3121c?magazine_key=m1cc931408db2

格闘技、武術全般 | 超常現象、オカルト55閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">50

ベストアンサー

3

3人がナイス!しています

その他の回答(4件)

0

合気道の創始者直系団体、合気会も含めいくつかの団体では、創始者が存命時から、天風ヨガ 積極思考を謳うヨガの影響を受けた指導者クラスもそれなりにいました。 引き寄せ体質になる、という話は、 そうした天風ヨガを学んだ合気道家の影響を受けているところからの話です。 引き寄せの法則自体はまるっきりのうそではないが、メンタルが乱れた状態で何か願っても誤った願いが叶う、引き寄せられるだけであり、 心身を安定させた状態、武道でいう上虚下実、下半身が充実安定し、粘りのある状態、上体は柳に風のようなリラックスした状態 いわゆる自然体になることで正しく願いもかなうようになってくいいます。 あくまでそういう教えというだけですが その意味では 合気道に限らず、 他武道でもある程度にしろ自然体姿勢を獲得していけば、引き寄せ体質になる 元々引き寄せ自体はある 実際に起こっているが誤った形でかなっているので、どういう武道であれ自然体によって その人の願いが正しくかなうようになっていくといった方がいいかもしれませんね。

1

たかが4年で・・・・ 軸とか言ってるが…不可能でしょう。 必要な筋肉も作れない。 よほどの天才か??? 合気道家は出世する??バカか・・・自分の意志すらを出せない馬鹿は武道家ではない。大企業で出世する奴は、武道家ではない。 一体化とは・・・引き寄せられる・・・真逆でしょ? この人ね、肝心の気についての記述がない。

1人がナイス!しています

1

「合気道で引き寄せ体質になる」と断言していいかどうかも分かりません。 同じ先生の授業を受けていても理系に進む者もいれば文系に進む者もいます。 あるいは専門学校で実務を学ぶ選択をする者もいますし、仕事に就く者もいます。 どんな意識で何を学んでいくかで結果は様々なのだろうと思います。 その上で誰でも「引き寄せ体質」になるのかどうなのかも不明です。 もっと言えば「引き寄せ体質」という状況が客観的な事実なのかどうかも不明です。 「引き寄せ体質」の情報を発信している人物の公表している内容を読むと、かなりスピリチュアルな感覚の持ち主であることが読み取れます。 人間は、信じたいものを信じる傾向があり、事実を正しく認識できる事の方が難しいのです。 蛇嫌いの人はロープに切れ端も蛇に見えたりします。 幽霊を信じる人が幽霊を目撃する事が多いのですが、この事実をどう解釈するのが正しいのでしょう? ①幽霊は信じる波長をもった人間にしか見えない ②幽霊を信じているから見間違いをしやすい ①でしょうか? ②でしょうか? それ以外でしょうか? 私は、現実主義で合気道に限界を感じた過去があります。 そして、古流柔術に入門し直しました。 合気道にしても4年ほど学んでいましたが、昔の話で特に思い入れはありません。 古流の柔術を学ぶ中で、合気道の稽古ではどうしてもできなかった触れ合気が限定的な条件であれば出来るようになって来ました。 しかし、残念ながら私には「引き寄せ体質」は無いようです。 ①の考え方で私の状況を見れば「古流柔術」を「引き寄せ」た結果、触れ合気が出来るようになりつつあると思えるのではないかと考えます。 ①の考えを敷衍すれば、薙刀、弓道、少林寺拳法でも「引き寄せ体質」になるのだろうと思います。 しかし、傍から見ればその姿は②のように思えるかも知れません。 道場によって差が大きいのも事実です。 少なくとも私の通っていた道場の稽古では、本格的に対人打撃の技術を磨いている相手にはても足も出ませんでした。 その時の師範は、稽古中に私が突こうとすると、稽古を中断して「稽古なんだからゆっくり突きなさい」と念を押されました。 今の道場では「稽古だから本気で突きなさい」と教わります。 こんな言葉の端々に各々の武術という実在の本質が露呈しています。 私は「引き寄せ体質」を目指して稽古をしていませんし「出世」に頓着があるわけでもありません。 「引き寄せ体質」が本質であるのなら、正しい稽古を積む中で身につくことでしょうし、そうではないのなら身につかないのだろうと思います。 個人的には「好きだから」稽古をしています。 ・「引き寄せ体質」になりたい ・誰かを守りたい ・ケンカに強くなりたい ・・・・・ そういう動機があって武術を志す事は尊い事です。 尊い事ですが、敢えて言えば、尊い事であると同時に「雑念」にもなり得るとも思います。 そもそもの武術は「引き寄せ体質」になるための道具ではありませんし、「誰かを守る」ための道具でもありません。ましてケンカの道具ではありません。 私個人は「そもそもの武術」を目指したいと思います。 しかし、人それぞれです。 武術を道具として使うために学ぶ者がいる事を妨げるつもりはありません。 動機はどうであれ、稽古の段階が上がればそれに伴って稽古する者の意識も変わる事を余儀なくされていきます。 上の段階に進めば自然に「そもそもの武術」に立ち返らざるを得ない事になっていくのではないかと感じています。 些事に惑わされず「薙刀、弓道、少林寺拳法」お好きな道を歩まれます事を祈念いたします。

1人がナイス!しています