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2021/6/9 13:50

55回答

同じ愛知県でも、尾張人と三河人は全く別で、愛知県は、尾張と三河の連合国と聞きましたが、尾張人と三河人は、どれくらい、「全く別」なのですか?

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他地域から見れば同じに聞こえますが、 尾張地区と三河地区で言葉が違うそうです。 兵庫の播磨と但馬 三重の伊勢と東紀州 石川の加賀と能登 の様なものではないでしょうか。

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昔の人同士なら会話成立たない。 大阪は摂津、船場、河内、泉州と言葉が違う。摂津、船場は通じる。河内、泉州は通じない。

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尾張の大名は織田信長、三河の大名は徳川家康が有名ですが、彼らのイメージが当てはまります。 尾張=派手ずき、新しものずき、目立ちたがり 三河=実直、辛抱強い、真面目 のイメージですね。 ちなみに戦国時代は、尾張武士=弱い、三河武士=強い、というのが世間の評価でした。

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よく挙げられるのが方言で、僕は三河ですが語尾につく言葉をつなげたもので「じゃんだらりん」というものがあります。 今だと「じゃん」はほぼどこでも使われますが元々三河や静岡、山梨の方言だったのが戦後あたりから関東に広まったとされます。 「だら」も静岡でも使われ、多分尾張の人が特におかしいと感じる言葉なのではないかと思います。 よく言われる「だがね」「だがや」は三河には伝わらなかった尾張の古い言葉で、尾張の郊外に「だがん」「だがあ」という形で残っていると聞きます。 「じゃん」と「りん」はどちらも撥音便の一種で、「じゃないか」の「ない」、「やりなよ」の「な」が変化したものです。 言葉の他にも三河は工業や農業、尾張は商業ともいわれ、ようは三河は田舎扱いが激しいです。 中には愛知の田舎は尾張でも三河と呼ぶ人もいます。