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一橋家の領地は、全国各地にありましたが、御三卿の領地というのは有力外様や幕府の要地などに置かれていたのでしょうか?

日本史372閲覧

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御三卿のひとつ清水家は宝暦十二年(1762)五月、武蔵・上総・下総・甲斐 ・大和・播磨・和泉の7ヵ国の内において賄料10万石が与えられ領地が確定しました。清水家の当主は江戸城内に居住し将軍家の家族同様であったため、清水家の家老・番頭・用人など主だった家臣は、そのほとんどが幕府からの御附衆でした。

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実質的に領地というものはありません。 10万石の割当はありますが、名目上だけであり実際の経営は天領の代官や郡代が行い、蔵米知行と同様に収入だけ受け取る形式です。

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単なる宗家に対する付属物、居候みたいなもの。所領も直轄地から合計10万石になるようにしただけ。自前の組織もない。