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2021/6/14 18:23

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なぜ日本海軍にだけ通商破壊戦という思想がなかったのか。すばり海軍のエリート思想があったからではありませんか?華々しい手柄を立てるのが俺たちの仕事であって、そんなチマチマしたことやってられるか!という

日本史44閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます。

お礼日時:6/18 5:15

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「エリート思想」その通りですね。 日本海軍内部では当時、世界の海軍の主流であった大艦巨砲主義の影響のために大砲屋とか水雷屋と呼ばれていた砲術や水雷を専攻した兵科将校が幅を利かせていました。 そのために海軍士官の養成機関である海軍兵学校の卒業生で、将来の出世を望む成績上位者はこぞって砲術を志望しており競争倍率の高い職種となってしまい、これがエリート思想の始まりだと思います。 太平洋戦争時に潜水艦長を歴任した板倉光馬氏は、若手士官だった頃、潜水艦勤務を志望した際に教官から「潜水艦はやめておきなさい。海軍で一生うだつがあがらないぞ。せめて水雷にしろ」と言われたというエピソードがあり、このことからも潜水艦が軽んじられていたということが分かります。 では何故そのようになってしまったのか。 理由は大きく二つです。 一つ目は日本海海戦の大勝利です。 これにより海戦の華は艦隊決戦で、功績を立て出世するには砲術だという固定観念ができてしまいました。 二つ目はワシントン条約です。 この軍縮条約により主力艦(戦艦)の保有比率が米英が5割に対して日本は3割となりました。このため戦艦同士の艦隊決戦で、事前に潜水艦や航空機で損害を与えおき優位性を保とうと考えました。 これにより潜水艦・航空機の主任務が戦艦を補助する事になってしまい通商破壊に回す余裕が無くなってしまったのです。 ただ通商破壊の考えが全くなかったわけではなくインド洋やアラビア海など(南太平洋ではアメリカ海軍の対潜能力が向上し歯が立たなかった)では日本海軍の潜水艦が暴れ回っており伊27潜の福村中佐は1年間で11隻、約6万トン撃沈の大戦果を挙げており、戦死後にその功績で少将に特進しました。

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元々日本海軍には長期戦の構想は無い。遠征してくる敵艦隊を、日本本土からそう遠く無い海面で、決戦としての迎撃戦を行い、敵艦隊を壊滅させ、海軍としてはこれで戦争は終了という構想。なんせ、主力艦の建造能力は低く、修理のための機材や資材も圧倒的に少ない。相手が二派、三派と打撃を繰り返して来れば、修理も補充も追いつかない帝国海軍としては、もはや勝機はない。必勝の策は一回限りの短期決戦、これしかないわけで。 短期決戦に通商破壊戦は、そりゃいらないよね。

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愛国丸、靖国丸、報国丸の仮装巡洋艦でインド洋でやっていたよ!

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質問者2021/6/14 18:52

じゃあ、なんで負けたの?

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>なぜ日本海軍にだけ通商破壊戦という思想がなかったのか。 なぜ、通商破壊戦があったのに、無かったと思い込む人が少なくないのか? 特設巡洋艦や乙型潜水艦なんてのもあったのにね。 ちなみに、日本とドイツの攻撃から輸送路を守るために、アメリカは小型の護衛空母を100隻も造っている。 逆に、アメリカの攻撃から日本が輸送路を守るのなら、200隻でも足りない。 日本が主力決戦に賭けたのも仕方が無い。補給路を全力で守ろうとしたら100%負けるが、主力決戦に賭けたら0.1%ぐらいは勝算があったろう。

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