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2021/6/15 18:53

44回答

『山月記』について

文学、古典 | 高校368閲覧

回答(4件)

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袁傪は李徴の詩を格調高雅、意趣卓逸と感嘆しています。しかし、欠けるところがある、と感じたのです。 つまり袁傪は「感嘆」しても「感動」しなかったということです。 李徴の詩は「人の心を動かすもの」に欠けている。では人の心を動かすものとは何か? それは「人の心」です。人の心に欠けているから袁傪は感動しなかったのです。

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何でしょうね。李徴が結局人間として生を全うできずに虎に成り下がってしまったということにそのカギがあるのではと思ったりします。微妙なところではあるけれど、人間として必須の、重要なところに欠損(あるいはないことであらわになる平凡さ)があったのではないでしょうか。けだものには備わっているなにものか、たとえば獣性とか、それを隠せないという性格かもしれません。 >なぜ袁傪はこのように感じているのですか? 一流の芸術家には当人が書いたものからそれが分かる、そのところが一流とそうでない分かれ目なのだということを示しているわけでしょう。

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本文に「どこか」としか書いていない以上、「これ!」という正確はないと思います。 「人間味」だったり「華」や「魅力」だったり…。 高校の授業で習った時も、私の教科担任の先生は、何とはあえておっしゃいませんでした。

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確か他人に対する想像力だった気がします!えんさんなどの詩人は他人との交流によってそれを手に入れましたが、李徴は交流しなかったので…。 えんさんは詩のエキスパートだし李徴と仲良かったんでそうだとわかったんじゃないですかね。