京都―大阪を往復する水上交通の29人乗りの三十石船ですが、 ①明治初期にはシャトル便で、15分ごとに出発していたのでしょうか?

補足

御回答より、 京都側の船着き場は伏見の『寺田屋の浜』、京阪電車の伏見桃山と中書島のあいだ辺りです。 大阪側は、『八軒屋の浜』、今の天満橋付近です。 当時は、上流から下ってきて毛馬から桜ノ宮へ向かうほうが本流だったのです。 ーー下りは流れがあるので楽でしたが、上りは、船に縄を掛け、人夫たちが川岸から引っ張って川を上りました。 ありがとうございます。 それから、京都中心部から伏見までは、歩きで移動が多かったのですね? 運河は、コメを運んだり重い物の運搬に利用されていた?

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皆様ご回答ありがとうございました。!

お礼日時:7/24 9:00

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方落語の名作「三十石船」に、その様子が詳しく描写されてます。 https://m.youtube.com/watch?v=7mSGV_x9wR0 下りは流れがあるので楽でしたが、上りは、船に縄を掛け、人夫たちが川岸から引っ張って川を上りました。

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