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2021/7/13 17:34

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いわゆる南京大虐殺について田中正明と言う人の「南京虐殺の虚構」にこう書いてありました。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

有難うございました。

お礼日時:7/30 6:35

その他の回答(9件)

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石川達三という作家を知っていますか。第1回の芥川賞受賞者で、戦後は『風にそよぐ葦』や『四十八歳の抵抗』などベストセラーを書いた文壇の大物です。 その石川を当時の代表的総合誌であった中央公論社が戦場に特派員として派遣し、その体験記を掲載しました。以下は学界論文の引用 『「生きてゐる兵隊」は中央公論社特派員として中支の戦場に赴いた石川達三が、南京城陥落(昭12 ・12 ・25)直後の現地に取材し、翌年三月号『中央公論』誌上に発表した作品である。しかし、周知のようにこの雑誌は「生きてゐる兵隊」の掲載により発行直前に発売禁止処分となり、さらに、著者石川他二名が「安寧秩序ヲ紊乱スル」(公判判決)行為として禁鋼四か月(執行猶予三年)などの刑事処分を受けた。したがって、一部の読者を除いては、敗戦前にこの作品に触れ得た者はなく、仮りに触れ得ても言及することは合法的世界にあってははばかられる傾向があったようで、板垣直子は「発禁となったから」「詳しくふれることを遠慮する」(『現代日本の戦争文学』昭18 ・5 六興商会出版部)と言い、石川と親交のあった矢崎弾にいたっては「『蒼氓』『日蔭の村』もう一つ何かあったはずだが」(『文芸の日本的形成』昭16 ・2山雅房)と皮肉っぽく傍点を付したにとどめている。』 石川や日野葦平のルポルタージュは、同時代の作家による体験記として貴重であり、またその内容については従軍した多くの読者が認めています。怪しげな回顧録ではなく、同時代の一流の文学者の証言をまず読むべきではないか。

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恐らくですが、中国の言うところの虐殺はなかったでしょうが民間人の被害なしはなかったでしょうし、混乱してる状況な上、軍の強権発動で誤認逮捕などが多かったのではないかと推測。 あと、仮に南京で大量虐殺していれば報道してますよ。 「帝国軍、敵軍を圧倒。30万人撃破」なんて見出しつけて。 「百人斬り競争」なんて嘘が新聞で書かれるぐらいには国民を煽るニュースを欲しがっていたんですから。

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南京で戦って、戦後は陸軍軍人親睦会の偕行社の一員として活動してきた人々が「南京虐殺はあった」と証言したために、偕行社「南京戦史」では虐殺は数千~数万の規模であったと結論しています。 ただし、出版後に「南京で戦ってない人々」の政治的圧力で削除されましたが。 この証言の重要性は、①南京で戦った②普段は「保守」「右より」の偕行社の人々が、この件に関しては「日本に非がある」としていることです。

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↓外務省の歴史問題Q&A https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/ 問6の1 『日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。』 片方の主張だけをもとに判断するのはよくないね。南京事件は確かにあったとする主張も調べてから改めて考えてみるといいかもね。

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陸軍OBで作る偕行社とう団体が残っている資料から、捕虜処刑1万人、スパイ容疑で処刑された6600人のなかに消防士や警察官が多数混ざっていたと報告してます。とうじ負けて虜囚の辱めを受けずと教えられていた日本軍において捕虜になったシナ兵に人権なんて認めていません。したがって虐殺したとう認識はないと思います。 東京裁判で市民30万虐殺したとうのは共産党のでっち上げです。南京市民を虐殺して民服を奪ったのは蔣介石軍です。 ただし強姦や略奪は多発したみたいで、当時阿南少将が軍規引き締めを上申してます。また従軍慰安所を早くつくれと申請もしてます 外務省HPで事件があったのは史実だが人数は不明と記載してます

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