どうしてインドは仏教の誕生の地なのに現在は仏教は廃れてしまっているのでしょうか? 参考文献なども添えて解説して頂けるとありがたいです。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

参考文献を踏まえて一番分かりやすく解説して頂けたので選ばさせていただきます。

お礼日時:7/17 17:03

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民衆にとって宗教の役割とは、現世の不幸や死の恐怖からの「救済」です。 しかし当時の仏教は知識階級である僧侶たちが王侯や富豪などパトロンの庇護下で、民衆には到底理解出来ない様な難解な教義の研究に労力を費やし「民衆の救済」からはどんどん離れていきました。 この様な状況下で民衆はインドの伝統的な価値観に根ざしたヒンドゥー教に「救済」の役割を求めるようになります。 またインド外からはイスラーム勢力が侵攻して平和主義で無抵抗の仏教徒たちは簡単に排除されました。 内で需要を失い、外からの攻撃も受けた仏教教団は消滅するしか道がありませんでした。 またそもそもインドは数多の宗教の発祥地です。一時期隆盛を誇っても現在は衰退しているものは沢山あります。日本人からするとインド=仏教ですが、インド人からすれば長い歴史の中に表れた宗教・哲学のひとつに過ぎません。

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紀元前2000年頃に、イラン地方に住むアーリア人がインド北西部に侵入してきました。彼らは、紀元前1500年頃ヴェーダ(聖典=知識という意味)を成立させ、このヴェーダに基づくバラモン教を信仰していったそうです。 紀元前5世紀頃に、政治的な変化や仏教の隆盛があり、バラモン教は変貌を迫られました。その結果、バラモン教は民間の宗教を受け入れて、同化してヒンドゥー教へと変化して行きます。 (バラモン教もヒンドゥー教に含む、という考え方もあります。) ヒンドゥー教徒は、紀元前5 - 4世紀に顕在化し始め、紀元後4 - 5世紀には、当時優勢であった仏教を凌ぐようになり、やがて仏教は衰退していった。ということです。 仏教が衰退してしまう前に、バラモン教のように何等かの対策を講ずるべきだったようですね。 ちなみに、ヒンドゥー教はバラモン教から聖典や「カースト制度」を引き継ぎましたが、その際に仏教徒をカースト制度の最下層に落としたため、仏教の再興が不可能になった、という説があります。

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こんにちは。「tyran」です。 昔、インドから西側に「クシャーン帝国」があって、その帝国の「カニシカ大王」は、生涯に9億人を虐殺したと伝えられており、一時期「仏教の都」と謳われた「天竺:ガンダーラ」を滅ぼし、インドの中央部まで支配下に置きました。 インド国内の「仏教」は大いに廃れて、人々は「仏教では生きれない」と思うようになり、「来世の幸福」よりも現世利益、そして多くの「天:インドラ」と呼ばれる「戦いの神」を崇拝する「ヒンデュー教」を信仰するようになりました。 そして「カニシカ大王」は元々「ゾロアスター教」の信徒でしたが、なぜか「晩年」には「仏教徒」に改宗したふしがあり、その「墓」には「仏陀」を表す彫刻が見られます。 稀代の虐殺王も、死に際に「極楽」に行きたいと願ったのでしょうか。 現代の「インド国内」での「仏教徒」の割合は、7%ぐらいでしょうか。 ほとんど「ヒンデュー教徒」で、まだ「カースト制度」(奴隷を最下位においた階級制度)が遺されているようですが、これも問題です。 「仏教:仏陀の教え」は、国際的にも人道的です。残念。 以上です。 ありがとうございました。

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「時輪タントラ」を ウィキペディアで見ると、概要 の所に、 「インド仏教を壊滅させたイスラム勢力の脅威に対抗するものとして・・・」 とあります。

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中国に渡って変質したものが逆輸入されたためと思われます。 千年近く ウパニシャッドの中の一つであったが 執着から離れる事を 心とモノの関係において非ではなく無に解釈すると 論理性が消え 魅力を無くしたのです。

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