昔の日本人(戦国時代とか江戸時代とか)達は日々、どのような事を話していたんでしょうか?

日本史26閲覧

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

面白いなぁ(^^) 皆さま回答ありがとうございました!

お礼日時:7/25 12:45

その他の回答(1件)

0

金沢藩第五代藩主:前田綱紀が、蒐集した史料を明治時代になって編纂した史料群に『松雲公採集遺編類纂』というものがあります。 そして、その史料群の中に『戒和上昔今禄』という史料があります。 これは、天正四(1576)年から翌年にかけて、奈良の興福寺と東大寺の間で起こった訴訟に関する裁判記録です。 記載者は、興福寺金堂の空誓という僧侶で、中には近衛前久家の「御乳人」という人物が登場し、織田信長の裁定を得る為に書状を送り、そこから「御妻木」という明智光秀の妹が出てきて、最後には光秀に会うために坂本にまで出かけます。 そして、遂に光秀に対面します。 その時、光秀が「御乳人」と空誓に語った自分の先祖に関する言葉が書き残されています。 光秀の先祖は足利尊氏から「御判御直書等」を頂戴したが、当知行ではないので、信長様に訴え出ることも中々できない。 今でも不知行なので、証拠は持っていても役に立たない。 これが、光秀が二人に語った言葉です。 なお、原文では、信長様は「右府様」と書かれています。

例えば、長篠の戦いに関しても、江戸時代が進むと戦いに参加した武将又は戦死者が変わってきます。 『寛永諸家系図伝』『譜牒余録』『寛政重修諸家譜』など、江戸幕府に提出するために、自家をよく見せるために内容大きくした兆しがあります。 自分の家で語られていた否かは定かではありません。 織田信長の一代記と言われる『信長公記』にも、太田牛一の自筆本と写本があります。 そこに書かれている内容も保存されていた家によって変わっています。