元お笑い芸人で「ラーメンズ」の元メンバー小林賢太郎氏が 過去のお笑いのネタで「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」でやってて それが原因でアメリカのイスラエルロビー(ユダヤ団体)に

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日本という国はアラブの産油国に媚びっぱなしで ネットでイスラム批判やろうものなら「絶対こういうことを書いてはいけません。イスラムはいい人ばっかりです」と書きに来るでしょう。何人もの人が抗議にきます。 一方ユダヤの悪口は言い放題です。 さああどんどんユダヤの悪口書いてちょうだい。ユダヤの悪口だらけでした。 書店にはユダヤがユダヤがユダヤの悪口だらけの本が山積みされユダヤ人はふるえあがって日本から逃げ出したのです。 陸軍大佐 安江 仙弘(1888年1月12日 - 1950年8月14日)は帝国陸軍におけるユダヤ問題の専門家。 1918年、シベリア出兵に出征し、シベリアでグリゴリー・セミョーノフなど白衛軍の将校と接しているうちに、『シオン賢者の議定書』という反ユダヤ主義の古典の存在を知り、日本に帰国後同書を翻訳。1924年、包荒子のペンネームで『世界革命之裏面』という本の中で初めてこの本の全文を日本に紹介した。 ユダヤ問題への関心 1927年ユダヤ研究を命じられ、酒井勝軍を英語通訳として伴い、パレスチナやエジプトから欧州を視察し、このとき反ユダヤ文書による観念的なユダヤ人理解の誤りを悟った。酒井勝軍は「ユダヤ問題座談会」で、「包荒子はパレスチナを見てから思想に変化を生じ、『世界革命之裏面』の如き書物はもう古くてだめだと言い漏らした」としている。元々愛国心の強かった安江は、亡国のユダヤ流民の惨状に同情し、急速に親ユダヤ的傾向が強まる。ユダヤ人に対して友好的態度がありながら一方でユダヤ人の危険性を論じるのは、当時の陸軍の「ユダヤ通」に広く見られる特徴であった 安江は1945年8月23日に大連でソ連軍に逮捕され、1950年8月14日にハバロフスク収容所で病死した。満62歳没。 『シオン賢者の議定書』を売り出し安江はぼろもうけした。お蔭で日本では反ユダヤ本が大ヒット。ユダヤがユダヤがとユダヤを悪に仕立ててもうけてました。 日本はヒトラーと組んでたからヒトラーを神格化しゲルマン礼賛し 卑しいユダヤなど殺していいのだという理論を叩き込んだ。 戦後アンネの日記や夜と霧などホロコースト物が大ヒットした蔭で 反ユダヤ陰謀本がまたしても不死鳥のようによみがえる・ 1973年に第四次中東戦争を機に第1次オイルショックが始まり、1979年にはイラン革命を機に第2次オイルショックが始まった。オイルショック以来日本はアラブに媚びまくりイスラムの悪口は一切書かせない。 一方ユダヤの悪口は言い放題。 ユダヤの悪口講演して儲ける人もいる。