世界史の質問です。

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お礼日時:7/29 13:39

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ハワーリジュ派(ハーリジー派)は元々、 アリーに従ってムアーウィアと戦っていましたが、 657年の「シッフィーンの戦い」の際、勝敗が決まらず、 両陣営が調停によって事態の収拾を図ろうと考え、 和解しようとしたため、それに反対した人たちです。 つまり、アリーに対して、「最後まで戦え!」と言い、 妥協を許さなかった人たちなのです。 彼らはアリーの陣営を去ったため、 「脱出した人々(アラビア語でハワーリジュ)」と呼ばれました。 彼らにとってアリーは神のご意志に従って戦いを貫徹することなく、 卑怯にも敵と手を結ぼうとした裏切り者であり、許せませんでした。 そこで彼らの内の一人(イブン・ムルジャム)がアリーを暗殺したのです。

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