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2021/7/25 12:43

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ルイ16世はなぜバスティーユ襲撃時点で暴徒を武力鎮圧もせず、対話もしなかったのでしょうか。過激な革命家やサンキュロットなどにより、死刑に追い込まれています。ああなることは分かってはいないと思いますが、パ

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

確かに金があればあんな暴動ばかり起きませんし、金がなければ鎮圧する力もないですね。パリ自体が危険な町でいつ暴発してもおかしくない状態だったんですね、それを止める方法は無いし、騎兵で脅しても火に油を注いだだけでしたね。

お礼日時:7/26 23:18

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ルイ16世は対話を選んだのだと思うけど。 バスティーユ陥落の後、白旗を上げて投降した守備兵はことごとく虐殺されている。 そういう状況のパリにルイ16世は護衛なしで出向いて行くことを余儀なくされたのだから、余ほど王にとって状況が悪かったのだと思うけど。 パリの暴徒は単なる烏合の衆ではなく、裏で革命を操る黒幕がいたのだろうと思うけど。歴史の表舞台にでないのだけど。