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2021/7/28 8:31

55回答

昔の医学部受験に詳しい方、教えてください

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ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

どの方も参考になる話ばかりで、BAを選びにくかったのですが。 皆さんありがとうございました。当時の様子がよく分かりました。

お礼日時:7/30 13:27

その他の回答(4件)

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「今でこそ、私立大医学部も国公立医学部大並みに入るのが難しく、 東大の理三以外の学部に入るより難しい」とありますが実際に受験生をしていた身からするとそんなことは決してないと思います。もちろん慶応医学部といったような私立医学部の最上位の難易度はそれくらい高いですが、最上位に位置していない医学部はその予備校の先生が言うほどは高くないと思います。昔の実情はわかりませんごめんなさい。

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私立医大の過半数が、中央の理工学部より易しかったです。特に新設は。 開業医の子達がちょっと勉強して入ってました。 だから、唖然とする程常識が無い連中も多かったです。

人物的には、明治や中央の理工系に行った奴の方が 人として立派だし、医師として適任だと思っていました。 家がそんなに金持ちじゃなかったので、 他学部に流れて行った奴が非常に多かったです。 国立医学部は、今の半数近くくらいしか無かったし。

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そうですね、おそらく国からの補助金の関係がいまと制度が違ったのではないかと思いますが、わりと入れました。 ただ、国試に受からなければ何ともなりませんので毎月の学費、家庭教師や塾代など入ってからのお金が相当かかる状況だったと思います。 おそらく当時の税制なんかを考慮すると、あなたが小さくても病院とよばれるくらいの拠点の一人息子であれば、「とりあえず1,2億かけてみて、駄目なら駄目でしょうがない、頑張ってみなよ」くらいの人はいたと思います 十分元が取れたのです。 そういう意味では、入るまでのお金なんて、入った後に比べると微々たるもの、そっから後が大変なんだから・・・・そういう時代のお話です。

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私立は慶應以外は人気がなく偏差値40代の大学も多く存在しました。慶應は50年前も東大並みに系列病院が多く旧帝大と同等の地位を確立していましたが、その他の私立は開業医の勉強ができない子息が通いました。 教授も国立や御三家あたりから派遣され生え抜きの教授が一人もいない大学が多く世間からも馬鹿にされていました。

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