キリスト教で聖書に詳しい人に質問があります 創世記6章3節に 3 そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。

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なるほど!!人間の寿命が120になるといことではなくて、この者たちは後120年で滅ぼされるという意味ですか!後半部分は納得できました。ありがとうございます わたしの霊が神の息という解釈だった場合、 "ながく人の中にとどまらない"というのは 寿命がだんだん短くなっていく、ということですか? そう考えると、彼の年は百二十年であろう、というのは長い目で見て、最終的に120歳の寿命になるだろう、とも解釈できますね

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答を一通り読んだ結果 「わたしの霊はながく人の中にとどまらない」 の箇所は堕天使がいつまでも人の中にいることはない。と解釈し 「彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」 の箇所はこの発言から後120年で洪水が起こるという意味だと解釈しました 全ての回答してくれた方々、ありがとうございました。 細かいことだったけど、質問してよかったです!

お礼日時:8/1 20:20

その他の回答(7件)

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にもかかわらず、洪水以後も、だらだらと数世紀もの長期にわたって、 200歳から950歳に至るまで、120歳をゆうに越える 人物の記述が沢山出てきます。 ところで、 「主は、地上に悪が増大し、その心に計ることが みな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった」ということで、 「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう」と決心し、 ノアの時に洪水が起こった(創6章)、というのですが、 ノアのお父さん(レメク)は、実は、神が最初に作った人、 アダムと同時代の人でした。 どうして、こんな奇妙なことになっているかというと、 アダムは930年生きたことになっている(創5章)からです。 「人の一生が120年」になったという物語の真相は、 神話と事実を区別できない古代人が、 神話と歴史の辻褄を合わせるために行った 苦肉の策(追加された神話)だと思います。

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創世記6章3節はわたしの持っている聖書(回復訳聖書)では わたしの霊はながく人の中にとどまらない。 ではなく、”わたしの霊は、永久には人と争わない” となっています。

回復訳聖書というものがあるんですね!原文を元にしてるみたいだし分かりやすそうですごく良さそうです ”わたしの霊は、永久には人と争わない” だとどういう解釈になると思いますか?

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新世界役の以前の訳では 「わたしの霊が人に対していつまでも定めなく働くことはない」と訳していました。 この役では、「霊」は天から下った悪霊たちあるいは 人間自身の生命力ということになりますが、 この判断は「わたしの霊はながく人の中にとどまらない」でも同じでしょう。 新世界役の新しい訳では解釈に変更があります。 「私がいつまでも人を大目に見ることはない」となっています。 この場合、「わたしの霊」とはエホバご自身のことです。 『ながく人にとどまらない』とは人の存在を容赦しないということになります。 従って、 『私は、特に邪悪となった人類をいつまでも存続させることはない』と 言っていることになります。 「…の魂」という表現は、もし字義通りの訳がされていれば 聖書の中に何か所もあります。 でもたいていはその人自身あるいはその人の心として訳してあります。

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百二十年と言われている肉の人(ネフィリム)の息(命の霊)の事です。 このネフィリム(巨人)は、神の像に造られたアダムの子孫では無く、自分たちに与えられた立場を離れて、人の娘との間に神の意図しない人に似た者(ネフィリム)を造り出したので、洪水によって滅ぼそうと言われたのです。

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新しい翻訳では、 私がいつまでも人を大目に見ることはない。人は罪深いからだ。それで、人が生きるのはあと120年である。 つまり、創世記6:13にあるように、人々を滅ぼすことの 予告と、理解出来ます。

創世記6章3節は 神がノアに語ったとも述べていません。創世記8章21節と、比較すると、この聖句は、神の目的あるいは決定の純然たる表明と考えることができます。 注目すべき点として、アダムよりずっと以前の出来事に関する記録の中に、次いで神は言われた という表現が見られます。創世記1:6,9,14,20,24 ペテロ第二2章5節にあるように、ノアは大洪水が起きる年をずっと前から知っていたわけではありませんが、それが必ず生じるということは知っていました。そして、そのとおり起きたのです。