ID非公開

2021/7/31 5:09

77回答

カルマの法則でひとつ疑問があります。

ベストアンサー

1

1人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:8/1 18:32

その他の回答(6件)

1

カルマの法則は、仏法でいうところの因果の理法です。 つまり、現在、生を受けている我々の生命は、過去の業の報いを受けているというものです。 その業の深さを調べることも知ることも不可能です。 現在、不幸な方が業が重いとは限らないのです。 いかに善人であろうと、犯罪者より重い業を持っていることもあるでしょう。 それより大事なのは、カルマの法則で受けている過去の行為の結果としての「悪業」を、未来に向けてどう変えていくかという生き方です。 仏法では「転重軽受」という教えを説いていますが、これは、今、善なる業を積むことで過去の悪業を軽く受けられると言うことです。 つまり、過去の不幸な業は、現在の行為で変えられるということです。 カルマの法則は過去に目を向けるのではなく、現実を直視すること。そして、その現実を如何に変革するかという生き方を教えているのです。 ですから、「過去に○○をしたから現在の不幸がある」ということにこだわって、その過去の「〇〇」が如何なるものであるかを調べる必要は無いと思います。

1人がナイス!しています

1

過去世で関わったとか、見捨てたとかいうことはあるかもしれないです。

1人がナイス!しています

1

オカルト・スピリチュアル系における「カルマの法則」のことでしたらこうです。 カルマの清算は数学的精密さで行わなければなりませんが、人を殺したから自分も殺されたことを意味するとは限りません。その罪状、苦しみが、まったくイコールになるとは現実的に言えないからです。また、殺人の過去を持つ人は何らかの功徳をコツコツ積み上げることによって少しづつカルマを解消していたのかもしれません。そうなると、殺害されるカルマは妥当にはならないでしょう。 逆に、じゃあ殺されたのは、過去の自分の殺人のせいか、というと、それもそうと限りません。なぜなら、その人は殺人に匹敵するような罪を、少しづつ軽微なものを含めて積み上げていった結果なのかもしれません。たとえば、人じゃなく動物をいたずらに殺したことが多数ある場合とか。 そういう事情は個々人の霊界での様態により、現世の人間に判断できるものではありません。 じゃあ結局どう考えればいいかというと、自分にはカルマがあって、カルマがないから、とするのではなく、霊性進化のために自分に必要な課題が今どれほど残っているか、霊性的に自分は今どういう段階にいるから、どういう課題が起き得るのか、といった風に考えるのです。 そして、霊性進化の途上に、たまたま自分には殺人、非殺人という課題が存在した、というだけのことが法則的に存在するのです。それが、カルマと霊性進化と階層のシステムなのです。

1人がナイス!しています