日本はなぜアメリカと戦おうと思ったのですか? 絶対に勝てないのは当時の人たちもわかっていたはずですし、やっぱり成り行きなんですかね?

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>絶対に勝てないのは当時の人たちもわかっていたはずですし、 これは確かですか?間違いないですか? 私たちは結果的に負けたことを知っているから、そこから逆算して「当時の人たちも分かっていたはずだ」と思っているだけではないですか? 当時の日本の状況を考えてみましょう。 日本は「眠れる獅子」と言われた清に日清戦争で勝った。 日本の何倍も大きなロシアにも日露戦争で勝った。 第一次世界大戦でも勝った。 これだけ勝ちが続いたらほとんどの国民は「日本軍は世界一だ、アメリカだろうがどこだろうが絶対に負けない!」と思うと思いませんか?次は負けるなんて思わないほうが普通でしょう。パチンコやる人には耳が痛い?(笑) それに日本人というのはずるい民族で、仕事でも何でも、物事が上手く進んでいる時は「よーし、行ける行ける!」なんて言ってた奴が、それが失敗に終わると急に掌を返して「いやあ、実はオレは最初から失敗すると思っていたんだよ。」なんて言う民族です。 だからそういう資料があったとしても、それを頭から信じてはいけないのです。

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国際情勢と日本の ”立ち位置(立場ではない)” をよく理解してない頭でっかちのエリート連中(官僚、特に陸海軍部の)が幅を利かせちゃったから。 日本の言い分が正論なのかどうかでは無く、当時の世界情勢や列強の価値観に対してそれが通用するのかが問題なんで、幾ら国際聯盟の議場で訴えたとしても、否定されたら引くしかない。 それでも退かずに大陸にのめり込んだり挙句他国領(仏領インドシナ~現ベトナム)に踏み込んだ時点でレッドカード。 シベリア出兵辺りからの日本の行動が幾ら日本の国益には適っていようが、発足した聯盟の常任理国が一体なにをやってるんですか?と、列強その他各国からはそう見られたと。 理由はどうあれ、レッドでアメリカに石油の禁輸を喰らったからには遣り合うしか無い、当然です。 まあ、それで一応は後のアジア解放につながってるんだから、払った代償は別にしても悪い結果ではないんじゃないでしょうか。

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ちょっとだけ勘違いされておられますので、整理させていただきますね。 ものごとはなんでも多面的で、ある論理だけが正しいわけではないので。 まず、1941年の時点では、日本の戦力はアメリカより航空戦力でさえ上回っており、ねこだましいさんの御説明にもあるとおりです。 そして、1941年の開戦であれば「2年程度であるなら、アメリカとの戦争は可能である」と判断したのです。 (これはアメリカ合衆国側の見立ても同様です) むろん、欧州では既に戦争が始まっており、ドイツが勝つように見えておりましたから、またアメリカとドイツは既に交戦状態にあり、米世論も欧州介入を受容しておりましたので、戦力涵養途上にあるアメリカはアジアと欧州の二正面作戦に引きずりこむことができる・・・わけです。 ここまではほぼ正確に予見しています。 まさか、開戦半年で大敗し、1年後には回復不能の大損害を受けるなんて日本は思って無く、アメリカにだって僥倖ですから (つまり、2年ほど頑張っていれば、ドイツが勝つし、アメリカ人は民主主義で堕落してるから、アメリカは講和を申し出てくれるだろうという、不慣れなアジアでアメリカ人は弱いだろう云々という都合の良い見込みです) また、これもねこだましいさんが触れておられますが、アメリカは世論の国で軟弱だから、軍国である日本やドイツが強気で圧せば、折れてくるだろうっていう、松岡洋右などはアメリカの国民性を見くびる世界観を持っていたのも大きな因子です。 ベトナムやアフガンのようにガンガンに戦い続ければ、イギリス、ソ連、アメリカと居並ぶ覇権国家が敗退したのも事実ですからね(後述する日本と中国の戦争も同様です) ま、簡単にいえば「日露戦争の夢」をまだ見ていたんですよ(日本は日露戦争が辛勝だったとは、軍でさえ教訓としていませんでしたから)。 >やっぱり成り行きなんですかね? 日中戦争を収拾できず、泥沼化させ、また満州事変で世界秩序から離反し、アンコントロールになって、対米戦へと拡大したっていうマクロな観点からはその解釈でOKです。 100万もの兵力を投入し、補給は半島と満州から地続きで送り込める中国線線でさえ苦戦して、戦死者が積み上がって厭戦感が国民に広がり、財政を転かしているのに、アメリカと勝てるわけないって理屈を公然と持ち出すのは当時、憚られたのですよ (昭和天皇はこの矛盾に参謀総長へキツいツッコミを入れています) 日本は出口戦略なしに、戦争目的の明確化もできずに英米蘭との戦争を始めたのも事実ですから。 また、日本の宿痾として、現在も云われるように、日本には意志決定の中枢を担う権能が存在せず、”空気”で決まって行きますので・・・どうみたって悪手も悪手の最悪の選択を、誰も止められず、流れに任せた結果ですので (だから3.11は第二の敗戦と呼ばれ、コロナショックへの右往左往もまた先の大戦に擬えられたわけですよね)

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きちんと事実を知っていた政府軍部の上層部は勝てないのはわかってましたが、ほとんどの日本人はわかってませんでした。 むしろ中国軍よりはるかに弱いアメリカ軍なんて瞬殺だ、と思ってました。 で、イケイケドンドンで「早く戦争しろ!」という国民の声を政府も軍部も抑えきれずに開戦へ。 なんせ開戦を支持すれば国民からの熱狂的な賞賛を浴び、交渉継続、協調路線をとろうものなら国民からの弾圧がすさまじかったので。