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2021/9/20 10:35

22回答

急ぎです!! 中学の国語の課題で、短歌を書いた人になりきって鑑賞文を書くというものが出されました。 「ポポポポと秋の雲浮き子供らはどこかへ遠くへ遊びに行けり」

回答(2件)

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もう授業で扱ってしまったかもしれませんね。 「歌の大意(短歌の大体の意味)を書いて 発表し合いましょう)」という発問を、宿題にしてしまったのでしょうね。 表現技法(擬人法や提言止め)や知識の句切れ(何句切れか、句切れなし、中間切れ)がどうかは入れませんでした。 不自然ですが、「だ・である」の常体でなく「です・ます」の敬体を使って字数が増えるようにしました。 とにかく先生が求められていることをよんで書きましょう。 「ポポポポと ・・・」の短歌 秋の少し雲があちこちと出ているけれど天気(20) がよい休日の午後のことです。少したまって(40) いた洗濯など家事も片付きました。子どもた(60) ちも、家からどこかに遠くに遊びにでかけて(80) いってしまいました。家で一人で静かに、少(100) し心も体も休めることができる時間ができま(120) した。こういうときも、ぽつぽつあるといい(140) なあと思います。今日は、のんびり自分だけ(160) の時間を過ごせ、うれしいです。(幸せです。) 働きに出ている母親、子どもも手がかからなくなったとか、やっととれた休日、 そういうところまで、中2に書かせたいのかもしれません。 「のぼり坂・・・」の短歌 いつも横についていないといけなかった我が子(20) も、補助輪をつけてはいるものの成長して自分(40) の力で自転車で進めるようになりました。息子(60) は、まだ小さいから、今は、後で見守る父の私(80) を気にしていますが、これからの人生において(100) のぼり坂のようにつらいときも、自分の意志と(120) 力でどんどん進んでいってほしいと思います。(140) 助言がほしいときは、聞いてくれればよいから(160) まっすぐ自分の思うことに取り組んでいってほ(180) しいと思います。 父、おじかな、母かな、息子か娘か、どれぐらいの年齢の子か、補助輪をつけてるかつけてないかなどイメージさせるために発問されるでしょう。 祖父・祖母と孫とすると、さらに、大きくなってしっかり生きていってほしい気持ちが強まる感じになります。 どちらの鑑賞文も、それぞれ何歳ぐらいかなとか、天気はどうかな、まわりは車が走っているかな、何時ごろかなとか、発表し合って 「私はこれは○○のときに、○○な人が、○○していことを歌っていると思う。とてもすばらしい歌だと思う。」などでしょう。 『短歌を書いた人になりきって』ですが、イメージする人物・場面を、授業ではどこまで許容されるかが楽しみでもあり難しさでもあります。授業が楽しみですね。

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短歌を書いた人になりきって鑑賞文を書くというもの 作者になりきるって鑑賞すると、要は自画自賛ですから、変わった課題ですね、と思いますが、 普通の鑑賞文は、「体言止めが効果的だ」とか書くところを、「私は体言止めで余韻を残すよう工夫しました」的な書き方にするなどすれば良いのでは? こちらに、俵万智さんの短歌についての鑑賞文の例があります。 ぜひ、参考になさってください。 https://www.mitsumura-tosho.co.jp/material/pdf/community/tyugaku_kokugo/kotensidou/kouhoushi_c6605.pdf

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質問者2021/9/20 11:11

課題には鑑賞文と書いてあるのですが、先生が作ったほかの短歌での例文だと、 色々な表現を使って、短歌の中の人目線で作文を書く感じなんです…