中臣鎌足(なかとみ''の''かまたり)、 小野妹子(おの''の''いもこ)、 平清盛(たいら''の''きよもり)の様に 鎌倉時代までの偉人の名前に多く入っている「の」にはどう意味があるのでしょうか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございます。 ・一番始めに天皇から与えられた平、源、藤原の姓は「の」を付けて呼ぶ。 そこから派生した今も使われているような自分たちで名乗り始めた苗字には「の」を付けない。 ・一部例外もあるがそれは教えるとややこしいので深くは学校で学ばない。 ・織田信長や豊臣秀吉は呼びやすいように間の部分を省略してあるだけで実際は「の」が付いている。 というように解釈しました。 長文有難うごさいます

お礼日時:9/20 23:39

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姓(本姓)の後は[の]を入れる。 苗字の後はそのまま。 天武天皇が八色の姓を制定したときに 真人、朝臣、宿禰、忌寸、道師、臣、連、稲置の称をつけた。(真人、朝臣以外はほとんどつかわれなくなった) 特に真人は皇族、朝臣は臣下(特に元皇族で臣籍降下したもの)に与えられる。武士の時代になると源氏や平氏は朝臣を与えられたため、全国の武士はほとんどが源氏や平氏を自称したので朝臣になった。 また源氏や平氏や藤原氏は人数が増えすぎたので、それぞれの支配地域の地名などを苗字として名乗り始めた。 源氏→足利氏、新田氏、徳川氏など 平氏→梶原氏、北条氏、織田氏など 藤原氏→一条家、近衛家、鷹司家など 苗字の後には[の]は入れない。 ただし、桃山時代の[豊臣]は既に姓を作る時代ではなく[の]を入れる文化もなくなっていたので、普通は[の]は入れない。 分かりやすいフルネームの例 織田上総介三郎平朝臣信長 織田(苗字または名字) 上総介(官位) 三郎(通称または字) 平朝臣(姓または本姓) 信長(諱)

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決まりない。 言いやすい方を使うだけ。 後世言われた解釈 ・苗字には付けない、 ・本姓には付ける。 徳川家康トクガワイエヤス 源家康ミナモトのイエヤス 織田信長オダノブナガ 平信長タイラのノブナガ 徳川・織田が苗字 源・平が本姓 天皇はスメラミコト、スメラのミコト両方が使われている。 別段法則ない。 中臣鎌足、小野妹子、平清盛、足利尊氏 中臣・平は本姓 小野・足利は苗字

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江戸時代にも「の」は、本当は続いていますよ(^^) 私たちは「の」を省略した名前で呼んでいますが、 家康も「源朝臣家康(みなもとのあそん)」ですし、 秀吉は「豊臣朝臣秀吉(とよとみのあそん)」ですね(^^)/

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