中国人と日本人は同じ民族ですか?昔日本人のほとんどは中国からきたのですか?日本人の祖先(先祖)は中国人ですか?

補足

日本人と中国人に違いはあるのですか?

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↓篠田謙一教授(医学博士 日本人類学会会長 国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長 国立科学博物館館長 京都大学及び放送大学客員教授)

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様回答ありがとうございました。

お礼日時:9/25 19:51

その他の回答(10件)

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↓これについて ---------------- 元々住んでた人 ---------------- ↑日本列島にもともと住んでいた人なんていません、ただ日本列島に渡来したのが古いだけ(縄文人が渡来したのは、今から1万6千年前~4万年前)。私たち現生人類の故郷は「アフリカ」です。そのほかはすべて中継地点か到達地点となります。中国大陸も中継地点でしかありません。 そもそも、人種(白人、黒人、黄色人種、コーカソイド、二グロイド、モンゴロイド)という名称、科学的には「人種」など存在しないのです。←このことは、まだかなり抵抗がある人が多いですね。今まで人の深層心理の中に、ずーと存在を刷り込まされた誤った先入観ですから。 最近の人種分類は人類が単一種であることを前提にしつつ、地域的な特徴を持つ集団として、「約1万年前の居住地域」を基準とし、アフリカ人、西ユーラシア人、サフール人、東ユーラシア人、南北アメリカ人というように、地域名称で呼ぶことが提唱されています。それでは「1万年→7万年」に変えてみると、地球上の全ての人間は「アフリカ人(正確には東アフリカ人)」となってしまいます。 現生人類(ホモサピエンス)は一種だけです。そして人種とは、見た目(主に肌の色)だけで付けられた名称です。 私たち現生人類は、すべてアフリカが起源です。 今の中学生の社会(歴史)の教科書を見てみましょう。一番最初に「私たちはアフリカから来た」とはっきりと書かれています。 地球上の全ての人々の祖先は、1万~2万年ほど遡れば、みんな肌の色が「黒」くなります。縄文人も、渡来系弥生人も、イギリス人もね。 イギリス人も、1万年前は「黒人」である。 今では「白人」と呼ばれている「ヨーロッパ人」ですが、ほんの「1万年」さかのぼれば「黒人」になってしまいます。 「黒人」の肌の色があせて、白っぽくなったのが、ヨーロッパ人であり、私たち日本人をはじめとする「東ユーラシア人」なのです。 ↓【古代の欧州人は「浅黒い肌に青い瞳」】 http://www.afpbb.com/articles/-/3007321 ↓【英国人の祖先、黒い肌だった 骨のDNA分析で判明】 https://www.cnn.co.jp/fringe/35114457.html ↑今日の英国にあたる地域に1万年前に定住していた人々は肌の色が黒く、髪の毛は縮れていた――。英ロンドン自然史博物館などの研究チームがこのほど、20世紀初頭に見つかった骨格を新たに分析した結果として、そんな見解を発表した。 今回新たに分析したのは「チェダーマン」と呼ばれる化石。サマーセット州チェダーの洞窟で1903年に発見された。英国内で見つかった全身骨格としては最古で、氷河期以降に現在の英国にあたる地域に移住した人々のうち最後の集団のものである可能性がある。 今日の白人の英国人のルーツはこうした人々の子孫にさかのぼることができ、当初は「チェダーマン」は金髪と白い肌を持つとみられていた。 ロンドン自然史博物館やロンドン大ユニバーシティー・カレッジの研究者が今回、最新のDNA分析や顔復元技術で調べたところ、青い目と「浅黒い色から黒い色の肌」「黒い縮れ毛」を持っていたとみられることが分かった。 今回の研究結果は、現代欧州人に特徴的な白い肌が従来の見方よりも最近の現象であることを示している。また、人物の地理的な起源と肌の色が必ずしも関連していたわけではないことも示唆するものだ。 プロジェクトを率いる研究者はチェダーマンについて、遺伝的に見るとイングランドよりも広い地域の集団に位置づけられると指摘。スペインやルクセンブルク、ドイツの狩猟採集民に属しており、中東との関連を示す特徴もあるとしている。 チェダーマンが生きていたのは中石器時代。農耕が発展する前のことだが、こうした人々は犬を飼って小さな集団で暮らしており、当時としては非常に洗練されていたという。 ↓1万年前のイギリス人の祖先の姿

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遺伝学上、まったく異なる別民族、別人類集団となります。 ↓「核ゲノム(DNA)」を調べれば、完全に離れていることがわかる(国立遺伝学研究所データより) .

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日本人と中国人に、明確に区別できる「違い」が存在します。 公平を期して、日本の論文ではなく、韓国の論文でご紹介しましょう。 2017年に発表された「韓国側」の「論文」。 ↓韓国変種アーカイブ(KOVA):韓国の集団における遺伝的変異の参照データベース(公開: 27 June 2017) https://www.nature.com/articles/s41598-017-04642-4

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「日本人(大和民族)」は「縄文人」と「渡来系弥生人」との混血ですが、「渡来系弥生人」は「朝鮮半島」ではなく「中国大陸」から直接渡来したようです。 「日本人(大和民族)」は、すべて「縄文人」と「渡来系弥生人」との混血民族です。 ↓国立遺伝学研究所(2016年9月1日) https://www.nig.ac.jp/nig/ja/2016/09/research-highlights_ja/20160901.html しかし、片方の祖先である「渡来系弥生人(今から約3000年前)」は朝鮮半島から来たのではないようです。 日本列島人が、初めて、朝鮮半島にちょっかいをかけたのは、百済などが国として成立したころ、今から約2000年前です。それまでは、日本列島人は、朝鮮半島に行かなかったし、朝鮮半島から人もこなかった。 弥生時代の開始は、今から3000年前(BC10世紀)に変更されており、今から3000年前(BC10世紀)に、九州北部で本格的にはじまった水田稲作が「九州北部---->関東」を結ぶ線上を、約800年かかって、ゆっくりと拡大東漸していったことが判明しています。 ↓総合研究大学院大学、文化科学研究科で公開している資料です。 ↓弥生時代の開始年代(総合研究大学院大学、文化科学研究科) http://www.initiative.soken.ac.jp/journal_bunka/050509_fujio/thesis_fujio.pdf ↓社会科教科書「帝国書院」より https://www.teikokushoin.co.jp/q_and_a/history/#q2 Q2:縄文時代と弥生時代の区分はいつ頃ですか。 A2:教科書p.23では弥生時代を、紀元前3世紀ごろから紀元3世紀ごろまでの600年間としています。その一方で、この記述に注釈をつけて、弥生時代のはじまりを紀元前10世紀とする新しい研究成果も紹介しています。 これまで通説となっていた、「弥生時代のはじまり=紀元前300年」は、1960年代に、土器編年(土器を各地域ごと、各型式ごとに前後関係に分類・整理し、年代順に配列すること)や遺跡から出土した中国の青銅器をもとに割りだされた年代に、弥生前期のコメや貝を炭素14年代法(遺物の中の炭素の放射性同位体である炭素14の量から年代を推定する方法)で測定したデータ結果を加味して出された説でした。 2002年、弥生時代のはじまりを紀元前10世紀ごろであると発表したのは、国立歴史民俗博物館(以下、歴博)です。歴博は最新のAMS?炭素14年代法などによって測定した結果、九州北部の弥生時代遺跡から出土した、土器に付着する炭化物(コメのおこげ)や木杭は、紀元前900~800年のものであり、紀元前10世紀後半に九州北部で本格的にはじまった水田稲作が、約800年かかって日本列島を東漸したとの説を展開しました。 水田稲作が九州北部から各地に広がるのに要した年月は、例えば瀬戸内海西部地域までで約200年、摂津・河内までで300年、奈良盆地までで400年、中部地方には500年、南関東には600~700年、東北北部には500年であると推定されますが、水田稲作が、きわめてゆっくりと各地に広がっていったことが、ここから分かります。 こうしてみますと、従来のように「弥生時代のはじまり=紀元前300年」などと、ある一点で区分すること自体、無理があると思われますが、教科書本文では、通説に従った紀元前300年と記述し、注釈で紀元前10世紀という説を示しました。これは現時点では様々な議論があり、また地域によって差があることを踏まえた記述であることを、ご理解いただきたいと考えております。 ----------------------------------------- ↑ここまではいいですか? ↓さて、最新情報です。 ----3000年前------------2000年前------------------現在 -------+---------------------+-------------------------- --中国南部のハツカネズミ--><---朝鮮半島ハツカネズミ---> ........▲..........................▲......................... ..渡来系弥生人.............歴史時代 ..の渡来(3000年前)......朝鮮半島との接触 ................................は周知の事実 ↓北海道大学プレスリリース(2017年8月14日最新報道発表) http://www.hokudai.ac.jp/news/170814pr_su.pdf ↑日本産の野生ハツカネズミが,先史時代の農業の歴史的展開とともに中国南部からは約4000年前、朝鮮半島からは約2000年前に、それぞれ渡来したことが判明。 ↑上記2系統以外に,さらに古い時代(おそらく縄文人)に移入した系統が存在する可能性も指摘。 ↑図2の説明、 遺伝的解析に基づき想定された主要2亜種系統の日本列島への移入。過去の研究成果もふまえ、日本列島への野生ハツカネズミは以下のような流れで移入・展開したと考えられる。 (1)南アジア亜種系統はインドに起源地を持ち、約8000年前に放散。その後、 (2)中国南部に移入した系統が珠江流域において4000年前に放散し、日本列島及び南サハリンまで波及した。 (3)北ユーラシア亜種系統は朝鮮半島にとどまっていた系統がおよそ2000年前に放散現象を起こし、日本列島に九州経由で移入した。移入後しばらく時間が経過した後(例えば1000年前)、北ユーラシア亜種系統は東北及び北海道に南アジア系統と交雑しながら北方移動した。 -------------------------------------------- 【わかったこと】 中国、朝鮮を含めて、歴史時代に突入したのは、今から約2000年です。つまり、今から約2000年前より後は、日本列島と朝鮮半島と接触とか「いざこざ」があったのは、周知の事実です。 渡来系弥生人が日本列島へ渡来したのは、今から約3000年前です。 しかし、今から約2000年前より前は、日本列島と朝鮮半島とは、接触が、全く無かった模様です。 つまり、今から約2000年前より前には、朝鮮半島由来の野生ハツカネズミは日本列島には存在しない、これは「渡来系弥生人」が、朝鮮半島から来たのではないばかりか、朝鮮半島を「経由」すらしなかったということになります。

最新の研究報告より 長江文明(稲作文明)は、今から約4200年前に、急激な寒冷化によって突然衰退しました。 長江文明:日本の水稲栽培は、稲のDNA解析に基づくと、長江河口域から渡来したことが明らかになっています。つまり、長江新石器文明は日本人のルーツといえる重要な文明です。 ↓失われた長江新石器文明の謎 ? 約4200年前の気候変動を海洋堆積物から復元する(2018年12月28日) https://academist-cf.com/journal/?p=9579 長江文明(稲作文明)は、今から約4200年前に、急激な寒冷化によって突然衰退し、そこからあぶれた人々が、海路で、日本列島に到達して本格的な水稲稲作を(今から約3000年前に)もたらしました。 ↓長江河口域の過去の気温と、日本列島への水稲稲作の伝来(約3000年前)、春秋戦国時代を比較してみます。

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