私はキリスト教のカトリック信徒なのですが、最近になって信仰心が分からなくなりました。今の私はエホバの証人に近いです。どうしたらいいかアドバイスをくださると助かります。

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その他の回答(11件)

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それは典型的な転落コースだ。次は統一教会かも。 仏教を学んで、無間地獄から解脱しなさし。

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どの宗教団体にも義理立てする必要はないと思います。 「真理探究者」というスタンスを常に保つよう心掛けるのはいかがでしょうか? 科学者は真実(科学的真理)を探究しています。そのスタンスがしっかりしていれば、自分が何をしているか、何に向かっているかが明確です。また新たな科学的事実が判明した時に、それまで信じてきた理論を変更することを恥ずかしいと思いません。 パウロもそうでした。絶えず神様と真理(真実)に対して誠実であろうとしたために、ユダヤ教からキリスト教への改宗を恥と考えませんでした。 またキリスト教に改宗した後も、絶えず自分の信じること、伝道している内容が間違っていないかどうかを検証し続けました。ガラテア2章2節(カトリック・バルバロ訳)によると、「(パウロが)異邦人の中でのべ伝える福音をかれら(教会の柱、ペトロ、ヤコボ、ヨハネ)に示し(た)・・・それは、私が無益に走っているか、あるいは走ったのではないかを確かめるためであった。」とあります。 私もこのスタンスを保つように心がけています。自分の可能な範囲で情報を収集し、その中で最も納得できる考え方を現時点での指針として生きています。神様に対しては、「間違っているかもしれませんが、これが今考え得る中での最善の生き方です。間違いがあれば、教えてください。」と祈っています。そのため、自分を騙しているという良心的なやましさはありません。新たな事実が判明し、過去の歩みが間違っていることがわかれば、素直に認めて改めればいいだけだからです。 このようなスタンスで真理の探究を続けるとともに、カトリックであれ、エホバの証人であれ、キリスト教の共通項である積極的な行い、つまり、真剣に祈ること、他の人に善を行うこと、聖書を真剣に勉強することを引き続き続けるのはどうでしょうか?

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●神がおられる事を信じる事が信仰ではありません。 ●神が人格的存在としておられる事 ●感情を持っておられる事 ●祈りを聞いておられる事 ●叶えておられる事を確信する事です。 ●再確認したらやっぱおらおらおらおらおらおらおらおられます。 ●ワクチン接種で高いお熱がありましたの。 ●高いお熱でまだ頭がクラクラいたしますの。 ●高いお熱で関節が痛くてインフルエンザに感染した時のようですの。 ●再確認したらやっぱワクチン接種したの8年前でした~。 ●笑いごとでないわよ。 ●証人の前でズボン脱いで、パンツ脱いで楽しみましょう。 ●ダメ!ダメ!ダメ!そこ〜〜ダメ〜。 ●施設は既に完成してます。 ●再確認したらやっぱしてませんでした~。 ●エホ証さんの法律部門を甘く見ちゃいけません。 ●再確認したらやっぱたいしたことありませんでした~。 ●厚木にある湘南病院のような医療機関も多々ある。 ●再確認したらやっぱまだ少しでした~。 ●宗教は思い込み。 にゃ~ご

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それは神が引き寄せているからでしょうね。そのうち道が開けるでしょう。

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生きるとは謎に満ちており悩みは尽きません。 「信仰心が分からなくな」ることも、信じていたことが何だったのか混乱することも普通に起きることです。 そんなときに有効なのは、悩みが何なのか正体を明らかにすることです。それにはどうするかというと、書くことです。頭の中で考えているだけでは堂々巡りで同じ世迷言を何度もくりかえし時間が経っても解決の糸口さえつかめません。「祈りなさい」などと言うのも宗教やってる人間の無責任な定番忠告で、同じことです。 書くことは、これと違って気づきを与えて前に進めてくれる情報になります。昨日何を考えていたか、1時間前に何を考えていたか、さっき考えていたことはヘンだと知らせてくれます。 まず「分からない」のは何が分からないのかを知らないと対策も解決もありません。下に聖書信仰者というプロテスタントが、こっちにくれば解決するなどと分析も何もなしに答えを与える軽薄さを見せていますが、論外だと子供でもわかるでしょう(笑)。

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