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2021/11/20 11:23

66回答

初心者です。大卒以上の理系の人へ質問です。麻雀やポーカーやパチスロなどを生業にしてる人の多くは「流れは存在する」と言いますが、数学的にこれらを説明出来たりします?

回答(6件)

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>麻雀やポーカーやパチスロなどを生業にしてる人の多くは「流れは存在する」と言いますが、数学的にこれらを説明出来たりします? 麻雀やポーカーで言う「流れ」っていうのは結果論を説明するだけです。 調子がいいと思ったときに調子よくうったら結果的に調子がいいとそう呼ぶだけです。 仮に本当に「流れ」があるのなら、「流れ」があるときに「流れ」ボタンでもあったら「流れ」を事前に読むことができるんでしょうか?って話ですから。あくまで結果的に狙い通りいった=「流れ」だと思います。 パチスロは数学的に説明するのは簡単です。 1/300という確率で、自然界では300回の内で1回で当たるっていう確率の現象を無限回繰り返すと、300回付近で一番当たりやすくなり、山なりに確率が分布します。 一方でパチスロは、1/300であたるとしても、これを変えるのって簡単で、基盤の設定で、0~100回転目だけ当たりやすくするとか、500回転以上であたりやすくするとかっていじった結果を1/300にできるので、流れもくそも機械的な1/300だからっていうことです。自然界の確率と違うので、なんでもありの状態っていうことです。

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機械割100%のパチスロを稼働させたとき、いつでも収支が±0になるわけではありません。確率とは、事象の頻度を保証するものではありません。 計算しやすいように、サイコロをモデルで考えます。 サイコロを6回振ったとき、1の目が1回出る確率は 6C1•(1/6)•(5/6)^5≒0.402 40%ほどです。 サイコロを12回振ったとき、1の目が2回出る確率は 12C2•(1/6)^2•(5/6)^10≒0.296 30%ほどです。 サイコロを600回振ったとき、1の目が100回出る確率は 600C100•(1/6)^100•(5/6)^500≒0.0437 4.4%ほどです。 それぞれ設定した1の目が出る回数は、振った回数に対して最も大きい確率の回数ですが、それでも大して大きい値ではないことが、計算で求められます。 つまり、確率通りの事象が実際に起こることは、その狭さから案外少ないのです。確率よりズレた結果の方が、その範囲が広いので多く起こります。 このようなことが実際に起こったとき、ギャンブラーは「上ぶれ・下ぶれ」「流れ」「波」などと言いますが、先ほどの計算通り、当たり前のように起こる出来事です。 纏めると 確率は事象が起こることを保証するものではないので、確率通りに起こることもあれば起こらないこともある。起こらないことは当然のことなのに、それを特別視して「流れ」と称するのはいかがなものか? というのが私の見解です。

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そんな物存在しません。 確率の上では同じです。 調子が悪い時、全てのノーテンなんて覚えてないでしょ。 一度の大三元ツモは忘れないかも。 調子が悪い時を全て忘れて、良い時だけを覚えてる事を「流れ」と言う。なら分かるw 理系より心理学かも。

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ランダム性が維持されていたら、流れというような考え方は、まず成立しませんが、そうでない場合もあります。例示しましょう。 ある掛けマージャンの雀卓に、Aさん、Bさん、Cさん、Dさんが着席し、ゲームが始まりました。 Aさんは、見るからにプロ雀士。「一度俺がつきはじめたら、際限なしだぜ」と公言するんです。Bさん、Cさん、Dさんは、その発言を聞いて、恐ろしくてたまりません。 ゲームが始まり、暫くは4人ともあがったり、上がれなかったり。あるとき、Aさんが2度続けて上がりました。 「ふふ、やっと来たか。これで今日はいただきだ。みんな大きいのを振り込まないように、気を付けなよ」と自信満々の宣言をします。 最初のAさんの発言で、マージャンには流れがあると信じ込んでしまった、Bさんは、自分が上がることより、Aさんに振り込むことが無いように「安全パイコレクション」をして様子見をするんです。「しばらくじっとしていよう。そのうちCさんかDさんが上がって流れが断ち切られるだろう」と考えるわけです。ところが同じようにCさん、DさんもAさんの怖さ感じ、自ら上がることを避けてでも、安全パイコレクションを始めてしまったらどうでしょうか。 Aさんは、Bさん、Cさん、Dさんが「流れ神話を盲信してくれたので、あいつらが上がることは無いだろう」と目星をつけ、ひたすら高い点数の上がりを目指します。そうすることで、Aさんは「役満」という高得点の上がり方を続けることができるわけです。その様子は、Bさん、Cさん、Dさんにとって、マージャンの流れがAさんにのりうつったように見えるというわけです。 大損害をしたくないという心理、実際に流れがあるかのように見える現象との遭遇で、Bさん、Cさん、Dさんは「流れカルトの信者」となってしまいます。その信仰にはまったら、Aさんにとっては、3人はネギをしょった鴨ということです。 心理的なバイアスがかかれば、ランダム性が失われます。 他にも、「トップ賞」を設けると、「流れ」ができることがあります。 Cさんは、他の3人と仲違い状態。「トップ賞2万点な!」と、それぞれ5千点ずつ供出して始まったゲームで、Cさんが大きい手(完成形)を狙ってあと少しになると、A、B、Dさんの間で安目の手で振り込み上がりが行われます。高得点が得られないCさんは、トップ賞にたどり着く確率は、25%を大きく下回ることになります。そしてゲーム中から、自分に流れが来ていないと感じることになります。「Cさんにだけはトップ賞を取らせたくない」という集団心理があれば、Cさんにとって流れが悪いと感じる現象が出来ます。 同様に、ランダム性の阻害要因があることで、カードゲームでも人が流れと感じるような現象が発生する可能性は否定しきれません。

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質問者2021/11/21 13:45

造詣の深い回答ありがとうございます