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2021/11/21 13:07

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なぜ1945年7月26日にポツダム宣言が出て、日本が呑みやすいよう条件を緩和してあげようと意見が連合国や中立国の間から1国もそういった意見が出なかったのでしょうか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ail********さんご丁寧な回答ありがとうございました。

お礼日時:2021/12/2 8:08

その他の回答(10件)

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連合国は日本に圧倒的な勝利を収める目前でした。わざわざ「日本が呑みやすい様な条件」にする理由は全くありません。それがイヤなら日本はアメリカに戦争を仕掛けるべきではなかった。

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宣言は対日へ一国で戦っていた米国により作成されました。 草案には「天皇制継続」が謳われていました。 これを削除したのがトルーマンです。 過ちでした。

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戦争というものを根底から勘違いしておられるようですね。戦争とは「もう相手には容赦しない、自分らの要求を武力で呑ませてやる」と相互に決意した状態のことを言うのですよ。日本が降伏しやすいよう条件を引き下げるという動きが生まれるくらいならそもそも開戦していません。

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むしろ、甘すぎる、という意見が多かったが、本土決戦における自軍の消耗を恐れたアメリカが、国体護持を言外に黙認する、という寛大な条件で受諾した。

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日本は国体護持が降伏の条件でした。 連合国は「日本国民が望むなら天皇制でよい」と回答しました。 でも日本は「もし、日本国民が天皇制を望まなかったらどうなるのか?」とさら問いを重ねました。 日本政府としては「たとえ日本国民全員が天皇制に反対でも、連合国が武力で天皇制を押し付けちゃる」という回答を求めていたわけです。 でも、連合国はあきれ返って明確な返事をしなかった。

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