ID非公開

2021/11/28 15:54

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殺人事件の加害者が精神に問題があろうと無かろうと、人殺しには違いないですよね。 無罪になるというのは、加害者に優し過ぎませんか?。

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ID非公開

2021/12/4 16:43

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幼児が物を壊したからといってこれを罰しても詮なきことです。 また、犬が小便をひっかけたからといって裁いても無意味なことです。 要は、その行為を行った者には責任能力があるのか?ということが重要です。だから心神喪失者の行為は罰せず、心神耗弱者の行為はその刑を減軽するのです。 報いを果たさせて「もうこりごりだ」と思いこませるのが刑罰の基本。物事の良し悪しの判断がまったく付かない状態で、犯罪に当たる行為に及んだとしても責任(非難)の問いようもないので心神喪失=責任無能力の者は罰しないという考え方で西欧を中心に近代刑法が登場した19世紀頃すでにハッキリと現れています。その頃同じような主張をしたマックノートン・ルールなどが日本の刑法の基盤となっています。「責任なければ刑罰なし」の原則とも呼ばれます。 仮に心神喪失の者が殺人を犯して懲役20年の判決を受け確定したとします。しかし彼・彼女は何でそうしたのかも、そうした事実も認識できません。要するにわけがわからないのです。それを懲役という罰を与えて非難されても、やはり意味が理解できません。よって矯正(欠点を直す)効果も期待できないのです。 以上、後半はコピハリ。 単に「わるいやつだからやっつけちまおう」ということには、八つ当たり・集団の血祭り以上の意味はないのです。

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やった行為が障害者なら許されるっていうのは、おかしいよね。 障害者でも、意識的なら罰則するべきだと思うけどね。遺族は、加害者がエリートだろうが障害者だろうが深い悲しみに陥るから、堪らないでしょ

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たとえば5歳の子供が悪ふざけで屋上から植木鉢を落とし、運悪く下にいた通行人に直撃してその人が死んだとします。 この5歳の子供は罪に問われるべきかって話です。

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本人に責任能力があって本当に申し訳ないという気持ちがあってこそ、遺族に対する償いになるんです。 精神に問題があって本人に償いの心が無ければ、裁きようが無い。