・ローマ帝国がキリスト教を国教化したことによって、どのような影響があったのか ・西ローマ帝国がすぐ滅びたのに、東ローマ帝国が長続きした理由 を簡潔に教えて頂きたいです。

世界史 | 宗教75閲覧

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Q ローマ帝国がキリスト教を国教化したことによって、どのような影響があったのか A テオドシウス帝はキリスト教を国教化すると同時に異端の迫害も始めており、これに呼応する形で、これまで迫害されていたキリスト教徒の過激な集団を各地で報復を開始して「虐殺事件」を起こしました。キリスト教はローマ皇帝に支配されていたわけではなく、むしろテオドシウス帝以後の皇帝は権力が低下し、キリスト教徒勢力に助けられるような状況で、政治権力の争いの中で教会を味方につけるために強く文句がいえないような状態でした。また5本山あるなかで、帝国の監理できたのはコンスタンティノープルの一つだけで、ローマ、アンティオキア、エルサレム、アレクサンドリアは影響力を行使できませんでした。 キリスト教徒らは、ユダヤ人のシナゴーグの破壊を全帝国で行ったのに続き、初期のキリスト教徒が嘲笑を受けた経験があるギリシャの哲学や科学を敵視して蛮行をやり、有名なのは強硬派のキュリロスが415年のアレクサンドリアで行った女性科学者のヒュパティアの惨殺です。キリスト教徒たちは彼女を捕らえて裸にして、カキの貝殻で生きたまま彼女の肉を骨から削ぎ落として殺害しました。さらにアレクサンドリアではユダヤ人とローマ系住民が殺戮され、神殿が焼きはらわれました。 キリスト教の国教化で、政治勢力および武装勢力となった、キリスト教団は、内部対立を激化させていきます。それで路線対立による分派の粛清と異端宣告が続きました。 Q 西ローマ帝国がすぐ滅びたのに、東ローマ帝国が長続きした理由 最大の理由は地政学的なものです。コンスタンティノープルは難攻不落の城だったので、民族大移動が始まって領内を侵犯されても、東ローマ帝国は代表と交渉して貢物を与えて、西ローマ帝国の方に行くように説得しました。蛮族の王はコンスタンティノープルの攻略は困難と考えて、これに従って次々と西方に向かったので、蹂躙されて西ローマ帝国は最終的に滅び、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は蛮族に滅ぼされるということはなかったのですが、代わりに頻繁に起こる内部分裂やお家騒動で、弱体化したので、強盛を取り戻すこともほどんどありませんでした。

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>ローマ帝国がキリスト教を国教化したことによって、どのような影響があったのか ・宗教が権力の統制下となり、キリスト教の正統派はローマ皇帝が決め、内容も改変し、統治に都合よく利用された ・欧州/中東にまたがる最大の帝国が国教化したことで、後の欧州諸国ではキリスト教がデファクトスタンダードになり国の統制下に置かれた ・独善性、排他性の強いキリスト教が欧州でスタンダードとなったことから、異端異教徒が迫害・殺害された。 魔女狩りは19世紀まで続き、ボグロムやホロコーストが発生した。 ユダヤ教徒を迫害したのは、キリスト教だけである >西ローマ帝国がすぐ滅びたのに、東ローマ帝国が長続きした理由 地理的に西にあったからだ。 東から攻め込んでくるフン族を恐れて大移動したゲルマン諸民族の移動先となり、異民族の侵入続きで破綻した。 フン族がアジアから攻め込んでくるのに、東南に移動する民族は居ない 故に、東ローマ帝国はゲルマン民族の大移動に巻き込まれなかった