最近、「第二の零戦」扱いされ仮想戦記のスター戦闘機だった烈風が完成しても紫電改以下の駄目戦闘機だった可能性が高いという話が出てきて驚いているんですが、実際のところどうだったんでしょうか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

調べてみたらイメージと違って三菱は零戦以外ダメダメな気がしてきた…

お礼日時:2021/12/12 16:54

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海軍が最初から金星エンジンでGo!を出してれば、もっと早く量産できた。 「烈風11型:A7M2」、ハ43(金星2,200馬力エンジン)。 ハ43は陸海軍統合名称で、三菱の空冷星型14気筒エンジン金星を18気筒化した物。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F43_(%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3) 【烈風11型:A7M2】 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%83%88%E9%A2%A8 A7M2試作一号機は、昭和19年(1944年)10月上旬に完成し、初飛行後直ちに行われた飛行試験に於いて最高速度337ノット(624.1km/h)、上昇力高度6,000 mまで6分5秒という十七試艦戦の要求性能をほぼ満たす好成績を記録、これを見た海軍は試乗と審査用に試作機の領収を三菱に申し入れた。その後、零戦との間で行われた空戦実験に於いて、空戦フラップを使用すれば零戦を凌ぐ空戦性能を発揮できると判定された。この結果を受けA7M2烈風として昭和20年(1945年)6月に制式採用された。終戦前に量産機が1機完成した。

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烈風改(A7M3-J)排気タービン過給器付き。 発動機を排気タービン過給器付きのハ四三-一一型ル(離昇2,200馬力)に換装、武装を翼内五式30mm機銃4挺(携行弾数各60発、過荷重時各73発)、胴体30 mm斜銃2挺(携行弾数各100発)に強化した高高度型。発動機換装と排気タービン過給器装備、武装強化のため操縦席周辺と尾翼を除く機体の大半を改設計。試作機の製作準備中に終戦と成ったため完成機は存在しない。終戦時の混乱の影響で多くの航空機の資料が廃棄されたため、烈風改の設計図は存在しないと考えられてきたが、平成18年(2005年)に堀越の親族が群馬県藤岡市に寄贈した当時の資料の中に、同機の設計図が含まれていることが平成25年(2013年)に確認された(本機の機体外形が判る外形図や艤装図は以前に発見されている)。 烈風と烈風改。

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大した事ない戦闘機です。 試作機が630km/h出していますけど、すでに実戦投入されている F4Uが690km/hを叩きだしている状況から見たら格落ちです。 烈風に搭載予定だったハ43は試作段階のエンジンで 量産するには大きな壁があるのと、当時の日本は アメリカ製の高級オイルでないとエンジン回せませんから 実戦配備されても額面通りの馬力出すのは困難です。

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人から聞いた話ですが、三菱の金星エンジンを積んだ烈風は、スペックの上では、フォッケウルフTa152を わずかに上回ったそうです。

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烈風は完成しています テストでゼロ戦以下の性能で不採用となります 三菱側は中島製エンジン誉の馬力不足としています 三菱は自社エンジンで烈風2を試作、海軍のテストを通過しました 其の頃の三菱には既に量産する力が有りません 仮に量産出来ても設計から2年遅れです 時代遅れの機体に過ぎません

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烈風と紫電改は同級生で、米国だとF6Fに相当します。 紫電改は前身の紫電11型が昭和19年に正式採用されているので、終戦時に採用されいていない烈風より先行している分、実戦経験等から改修が進んでいます。 とは言え、すでに1945年の5月には次世代戦闘機F8Fが実戦配備されている米海軍のとの技術革新のスピードはいかんともしがたく、落第生の落ちこぼれが、大器晩成を願っているうちに老人になってしまう。中国の科挙制度のような有様です。

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