織田信長の美濃の斎藤攻めは、かなり無茶だったんですかね。

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昔から美濃を制する者は天下を制すると言われるほど、あの地を巡って各大名は争っていました。 信長の父信秀も斎藤道三と何度も戦い、負けています。 信長からすれば伊勢を通って京に行けば背後を突かれるし、今川と対峙すれば背後から狙われるという、本当に危険な存在でした。 その為、美濃攻めが必要でしたが、やはり難攻不落で成功するまで十年の時間が必要でした。

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父、信秀の代から、度々美濃に攻め込んでいますが、 最大の障害の木曽川が、美濃と尾張を隔てていたため、 何度も苦杯をなめています。 しかし、尾張と美濃を合わせれば、120万石という領土になり、 当時の全国の戦国最強レベルの勢力となれるから、 信長にとっては、何としてでも手に入れたかったわけです。