【日本史】 孝明天皇は堀田正睦に条約承認の勅書を出しませんでしたが、なぜ孝明天皇にはその権限があるのでしょうか。

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ポツダム宣言受諾に際して、鈴木貫太郎総理は、天皇の聖断を求めました。 法的には、ポツダム宣言の受諾は閣議で決定され、天皇はそれを追認するだけなのです。総理が天皇に決定を委ねる法的根拠はなく、異例のことなのですが、なぜそれをしたのかと言うと、国論が割れて収拾がつかなかったからです。内閣も陸軍側が継戦を主張して閣議決定できなかったのです。 そこで天皇の権威を利用して、宣言受諾の流れを作ろうとしたのです。 これとまったく同じことが幕末の条約締結に起きていたのです。 幕府でも割れた国論を収拾できなくなっていたので、天皇の勅許という形で事態を終息させることが狙いです。

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権限はないが権威がありました。 老中阿部正弘はビジョンのある優れた政治かでしたが欠点として根性がなかった。 開国という国家の大方針転換の責任を自分は負いたくなかった。将軍にも負わせたくなかった。 そこで実態は幕府のイエスマンに過ぎない天皇の形式的権威で開国のお墨付きを得ようとしたのです。ところが天皇が空気を読んでくれなかったというのが真相。

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ペリー来航で、うろたえた幕府の側から朝廷に意見を求めました。 外交に関する事は幕府の専件事項なので勅許を貰う必要が無いのに幕府自ら、勅許を求める事態になりました。