その他の回答(11件)

0

僕はいつも自分の守護霊とコンタクトをとっています。なので、あの世は絶対にあります。

0

般若心経は「空(クウ)」について記述した経典ですが死後について記述した経典でもあります。経典に「色即是空・空即是色」と書いてあります。「色」とは「目に見えるもの」であり、「空」は実体が無いという意味ですが、見えない物質でできているという意味です。「色即是空」とは見えてはいる物質も見え無い物質でできている。「空即是色」は実体はないが見える物質であるという意味です。実体がないとは水に映った月のようなものです。水をかき回せば月は見えなくなりますが、月が消えてなくなったわけではありません。これが「色即是空」です。本物の月も昼間は見えなくなりますが、消えて無くなった分けではないので、これも「色即是空」です。 水や氷や雲は「色」であるが水蒸気のように見えなくなれば「空」となる。物質や体のように目に見えているものが「色」であり、物が原子や分子にまで分解されて見えなくなれば「空」になる。植物や動物が食べられ消化されても消滅したのではなく食べた動物の体の中で形を変えて存在し続けている。原子や分子にまで分解され実体が無くなったことを「空」と言うのです。この世界はすべて色と空でできており、物質は色と空を行き来し姿かたちを変えて変化しているだけなのです。それを新たに生じることも無ければ消滅することもない、増えたり減ったりすることもない「不生不滅」「不増不減」であると書いてあります。 般若心経の前半は「空」についての説明ですが中盤からは「是故空中」とあり、空の中はどうなっているのかという説明になっています。空の中では「無色無受想行識」物資や感受性や行動や認識も無い。また「無目耳鼻舌身意」目や鼻や舌や体や意思も無い、何も無い世界であると書いてあります。「心無罣礙」「無有恐怖」と書いてあり、心を妨げるものは無い、恐れさせるようなものが有ることも無いという意味です。これは死後の「空」の中に天国や地獄や霊界などの死後の世界は無いと言っているのです。 「照見五蘊皆空」と書いてありますが「五蘊」とは心と体のことです。よくよく見れば心も体も空であるという意味です。空であるということは消えて無くなることなく永遠に存在し続けるということになります。空の中に天国や地獄は無いが仏教は生まれ変わるというのが基本の考え方なのでこの現実(色)の世界にあるということです。 仏教は生まれ変わるというのが基本の考え方です。生まれ変わるのですから天国や地獄が現実とかけ離れた所に在ったのでは辻褄(つじつま)が合いません。天国も地獄も現実の世界で見ることができます。例えば金持ちの幸せな家庭に生まれる子供と、貧乏で親から虐待されるような家に生まれる子供、この違いが天国と地獄です。他には平和な国に生まれる子供と戦争が絶えないような国に生まれる子供、この違いも天国と地獄です。天国や地獄は生まれる場所のことなのです。 仏教の地獄絵図は比喩です。地獄絵図には火で焼かれたり身体を切り刻まれたり水責めにされたりしている姿が描かれていますが、爆弾で吹き飛ばされたりタバコの火を押し付けられたりすることとなんら変わりはないと思いませんか。罪人を攻めている鬼は怒り怨み嫉妬に駆られた人間の姿を比喩的に描いたものです。子供を虐待する親や戦争で多くの人を焼き殺し傷ける人間が鬼なのです。