ドイツ軍はパンター戦車に絞って作れなかったのはなぜですか? タイガーは燃料食う割にはそれほど役に立たなかったと思います。

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やりかけてはいましたよ。 まず、ヒットラーはソ連との開戦直後に1943年頃にはソ連の重戦車はトンデモナイ性能に成ってると予想しまして。 まだモスクワ攻略の最中の1941年11月29日の時点でポルシェに超重戦車の開発を持ち掛けてます。 これが後のマウスに繋がります。 ヒットラーはモスクワを攻略してもソ連と戦争が続くと考えてたんですね。 仮に停戦して穀倉地帯を割譲させても、冷戦からの再戦間違いなしでしょうしね。 つまり、ソ連がより強力な重戦車を開発する可能性をヒットラーは考えていました。 現実には、ソ連では装甲を強化したKV-1の速度と信頼性の低さと重さが大問題に成りまして。 ・戦闘に間に合わない ・路肩や橋を壊す ・故障して道を塞ぐ (道路や橋を壊したり、道を塞ぐと後続部隊が移動出来なくなります。) で、むしろKV-1Sのように重量を抑えるようになります。 ソ連でも重戦車不要論が立ち上がったんですが。 逆にティーガーが現れたことで対抗しなければ成らなくなります。 重戦車開発陣は乗員を減らす(前方機関銃を固定、無線機は砲塔に移して銃手は乗せない)などしてむしろ、常識的なサイズと重量に成るようにしています。 その際、政治的な理由でスターリンの名前をつけたために、彼の存命中は戦後も重戦車を強化し続ける羽目になります。 さて、パンターを活かす話ですが。 上記の考えから、むしろティーガーもパンターも開発中に強化する案が浮上します。 ティーガーはポルシェ案が有望視されていた時点で既に100両目から主砲を強化する指示が出されています。 (ポルシェが早手回しに90両以上生産を始めたと言われますが、実際は100両目からの予定まで立てられて居ました。) パンターは実戦投入前に装甲強化が検討されましたが。 (80mmにした後もです。) まだ実戦投入前だから装甲が充分かも判らないとして。 ヘンシェル社のティーガー強化案(後のティーガー2)と部品を共通化しようと方針が変更されまして。 ティーガーと共通化しながら、パンターを強化するパンター2が計画されます。 (まあ、ティーガー2は残るんですがね。) パンターの下部車体側面がソ連の対戦車ライフルに被害を受ける厚さのことも装甲強化の要求に繋がって居ましたが。 しかし、対戦車ライフルはシュルツェンで防げるため極端な装甲強化は回避されまして。 また、鋼製リム転輪を装着すると、パンターは当初予定より3.5tも重量が上がると判明し、この実用化は難しいと判明。 結局、パンター2のためのアイデアをパンターにフィードバックする程度(G型)に終わりました。 しかし、並走的にE-50とE-75が立案されまして。 部品を統一しながら重戦車と中戦車を併存させる計画でした。

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結論いうと単純に向上まとめるした方が良かったと誰もが思うですが、 工場のシステムを急に切り替えはできなかった パンターの初戦ってかなり後期なんですよクルスクの戦いでまだ数も揃えてなかった時に無理やり工場直送りした結果、まだ足回り完全はなくすぐにそちらが破損状態なっております とうぜん西側だってノルマンディー上陸後です。どちらも制空権とれている状態でして、工場破壊が進んでいる状態中の生産なのです そんな交流も不安定な時期に急ピッチで切り替えは不可能だったため 細かな改修など工場に合わせた製造などは理に適っております またヒトラー思考により、更なる強化されたティガー2の方に製造を増やすなど意味不明なことにはなっております。

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クルスクの戦い後にパンター戦車を量産せよと、総統閣下から命令が下ったようですが、今さら生産ラインを切り替えても遅いと判断したグデーリアンがⅣ号戦車を優先させたからです。

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思います、とか言われてもディーガーやヤークトティガーなどは防御戦では絶大な威力を発揮してますけど。 パンターやティーガーが出現した時期は既にドイツは守勢に回っており、電撃戦や進攻戦ならまだしも、防御戦では装甲が厚く強力な主砲を備えた戦車の方が使いでがあります。 ドイツが圧倒的に攻勢にいるならパンターじゃなくても、Ⅳ号戦車のF型以降の長砲身タイプで充分です。

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