創価学会は元々日蓮正宗の内部団体でしたが、今は方向性がだいぶ変わってきたと思います。 方向性が大きく変わるようになったのは、池田大作時代からでしょうか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

そうですね。 戸田、池田時代から商業路線になりましたね。 それにしても太閤園の買い取りは不気味ですね。 学会の巣になりそうで怖いです。 ありがとうございました。 他の回答者もありがとうございました。

お礼日時:1/18 22:54

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戸田時代、根本尊崇の対象は戒壇の大御本尊。 池田時代、戒壇の大御本尊は信仰の対象としない。 枝葉末梢をあげつらわず、根本から見れば明らかです。

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創価学会も、元々、日蓮正宗の一つの講としての団体でしたね。 一つと言っても、信者のほぼ99%が創価学会員でしたけど。(笑) その日蓮正宗は、表向きは謗法厳戒とかいいつつ、身内の謗法は見逃していた。 あろうことか、時の法主が神札まで容認したうえ、初代会長にも容認するよう迫った。 その神札問題の張本人である坊主に反省文を書かせたら、戸田会長に登山停止に加えて総講頭罷免の処分を下した。 さらに、池田会長の時代にも、何の罪もないのに池田会長を総講頭から罷免し、創価学会の破壊を工作した。 もともと、日蓮正宗には、日蓮大聖人の魂はなかったんです。 それに対して、創価学会は初代会長の時代から、現在に至るまで日蓮大聖人を根本とし、広宣流布に向けて活動している。 その精神は変わっていないよ。

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池田さんが会長になって60年以上、青年部時代からなら70年以上経っている為、当時を知る人は殆どいませんよ。 そもそも創価学会の歴史が90年程、日蓮正宗と決別して30年程なので、既にいち時代築いていますね。 創価学会では指導を時代や場所や相手によって柔軟に変えていくようにしているので、それを方向性の違いと受け取る人もいますよね。

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