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雉も鳴かずば撃たれまい の元ネタ話に出てくる「横継ぎがある袴」とは何でしょうか。 パッチワークがあるということでしょうか?

回答(2件)

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袴の破れ目に継ぎあてをしているってだけです。 昔は、継ぎ当ては珍しいものではありません。 ただ、先の回答者様が書かれているように、袴というのは本来はフォーマルなわけですから、そうそう継ぎなどあてません。 別の形にリメイクして使う方が多いでしょう。 昔話では、自分が人柱になる覚悟をもって、わざと自分が継ぎをあてた袴をはいたうえで、そう発言したといわれることが多いです。 人柱の風習が、それほどあったのかという点から、若尾五雄氏が工法の提案だったのではないか、と仮説を立てておられます。

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明治以前は、現代のように既製服が安価に手に入る時代ではありませんから、庶民層は、一枚の着物を何年も、ときには親子二代にわたって、着続けるのが普通でした。 長い間には、当然、破れることはあり、そのときは継ぎを当ててまた着るのですから、着物は継ぎが当たっているのが当たり前で、昔の庶民の着るものは、あちこち継ぎはぎだらけでした。 民俗学者柳田國男によれば、継ぎが当たっていることが恥ずかしいのではなく、継ぎの当て方が拙いのが恥だったとのことです。 「雉も鳴かずば撃たれまい」に出てくる横継ぎというのも、横方向の破れを繕った継ぎということで、昔の人にはごくありふれたタイプの継ぎという意味でしょう。 そこからすると、「雉も鳴かずば撃たれまい」は、どこにでもいるような、ごく普通の人が、偶然から人柱にされてしまったという悲劇ととらえるべき伝説です。 ところで、上の伝説は大阪の淀川にかかる長柄橋の由来として知られる話ですが、気になるのは、着物に継ぎを当てるような庶民が、なぜ、袴など履いていたのかということです。 実は、この話は「袴継ぎ」という言葉から生まれた話とされています。 「袴継ぎ」とは、橋を作るとき橋脚の上流側・下流側双方に斜め方向の補強材を入れる工法ですが、人が袴を履いたような見た目になることから、こう呼ばれています。 つまりは、「袴継ぎ」のおかげで丈夫な橋ができたということが、もっと古い時代からの人柱伝説と結びついて、「雉も鳴かずば撃たれまい」の伝説となったものです。

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