ヨロイが重くて動けなくなって負けたりしなかったのですか?

歴史 | ミリタリー402閲覧

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ちなみに、40kgあったプレートアーマーはその後改良され、マクシミリアン式アーマー(フリューテッドアーマー)では鍛えのいい鋼を使った上に、表面に凹凸(フリュート)をつけて強度を上げ、重量18kgという大幅な軽量化に成功しています。 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/bb/Zbroja_1514.JPG フリューテッドアーマーで「重くて動けない」なんていったら、戦争なんてしない方がいいでしょうね。 日本の戦国時代で使われた当世具足では、軽いものでは13kg程度から重いものは27kg程度と幅があり、着用者の体力にあわせて製造されていたことがわかります。

その他の回答(6件)

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マネキンを木剣で殴る訓練や障害物走は甲冑を着、完全武装でやるのが普通です。 難なくやれる人が歩兵を担当するので、鎧が重くて戦えないは有り得ません

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日本の場合鎧を最初からつけると重くて動けないので、鎧は戦場に着くまでは従者が運んだんですよ

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壇ノ浦の戦いに敗れた平知盛は鎧を二組着て、源氏の兵士を 二人抱えて海に投身したと言われています。 知盛さん素敵ね( ノД`)シクシク…

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負けたかどうかは知りませんが、西洋の甲冑で、重くて馬に乗れないので、クレーンで持ち上げて 馬の上に乗せていたそうです。

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徳川家康の逸話に出てきますが、 日本の鎧は 戦さの直前になって 身に付けたそうです。 素人が 戦さのだいぶ前から 鎧を身に付けていたら、重いか暑いかで 戦さ場に着く頃には 全部 途中で脱ぎ捨てて来ていたそうです。

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沖縄戦で本当の鉄兜を被った日本人一般兵が、重い鉄兜で頭を上げ損ねて狙撃で撃ち抜かれたという話もありました、 重みが仇となったんですね。