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天下布武ってどういう意味ですか。

gom********さん

2009/4/2717:48:39

天下布武ってどういう意味ですか。

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yam********さん

2009/4/2812:49:48

七徳の武をもって天下を治めるという意味です。

七徳の武の武は、武力ではありません。七徳の武とは、暴を禁じ、戦をやめ、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かにするの七つを意味し、それら全てを兼ね揃えた者が天下を治めるに相応しいという意味です。周時代を描いている春秋左氏伝が基になっているもので、沢彦宋恩から信長に与えられた言葉とされています。一介の僧が、武力で天下を統べろなんて言いません。

ちなみに沢彦宋恩は、周の文王(姫昌)に倣って岐阜という名を信長に与えたとも伝わります。

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jei********さん

2009/4/2801:26:23

最新の研究では、「天下布武」の「天下」というのは
日本列島全土のことなどではなく、足利将軍家の支配領域のみ、
つまり観念としての畿内一円あたりを限定して指すのだそうです。

細かい検証の内容は忘れましたが、たとえば信長は
上杉謙信へ支持を求める書状のなかでも
「天下布武」の印を用いており、もしこの四文字に
日本全土の武力制圧などという意味がこもっているのなら、
上杉謙信に支持を求める文書のなかに、謙信の土地である越後を
とりあげる、奪う、という意味の印を捺していたことになり、
当時としては極めて不自然で、あり得ない形態だそうです。
こんなところからも「天下布武」という言葉には
日本全土の武力制圧、などという意味はなかったそうです。

つまり「天下布武」とは、足利将軍を補佐し、
その領地を回復する、といった意味しかなかったそうです。
実際、織田信長は、足利義昭を追放した後も、義昭の嫡子・義尋を
手元に置き、岐阜と京都を往復するときに同伴させるなど
足利体制の存続を探っていた形跡が指摘されています。

信長が幕府を滅ぼすことになったのは結果論であり、
実際には、三好長慶らがやったように、将軍の首をすげ替えて
その執権的な立場を得ることでの政権構想を持っていたのだと思います。

また信長が天下布武の印を用い始めたのは美濃を制圧したあたりからで
この段階で全国平定を企画して念願していた、とは自分は信じられません。
信長の全国平定はあくまで人生の末期に現実味をおびてきたのだと
考えるのが自然だと思いますよ。
信長を千里眼のように扱う風潮は小説家によって作られた虚像でしょう。

ker********さん

2009/4/2721:42:59

天下を「武家」が治める。だそうです。

昔は「天下を武で治める」という意味と見聞きしましたが
「武」ではなく「武家」が大事なようです。

sin********さん

2009/4/2720:52:53

天下を武で治めるという事です

sen********さん

2009/4/2717:50:11

大意は「武をもって天下を治める」という意味です

cha********さん

2009/4/2717:50:00

武力を以て天下を統一する

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