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どうして、江戸時代、生糸を輸入していたのですか?蚕くらい日本でも飼えなかった...

あかさまさん

2009/5/215:37:32

どうして、江戸時代、生糸を輸入していたのですか?蚕くらい日本でも飼えなかったのですか?輸入した生糸は着物にしていたのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2009/5/216:09:36

日本ではかなり古い時代から絹(生糸)の生産が行われていたが、当時の品質は中国産の絹に遠く及ばなかった。
しかも、その後の戦乱の時代には直接食料とは成りえない生糸生産は壊滅的な衰退においこまれてしまった。
この為、上流階級で消費される高級絹製品はほぼ輸入に頼る状況と成り、継続的に大量の絹や生糸が輸入される事となった。

江戸時代になると泰平になった為に徐々に蚕の品種改良と生糸の品質向上が進められたが、一朝一夕にできる事ではなく江戸前期はやはり高級品は中国産でまかなわれていた。
八代将軍徳川吉宗は、貿易収支改善の見地から生糸生産を積極的に推奨し、徐々に外国産生糸や絹製品の輸入を規制した。
この頃になると、絹製品の品質は日中どちらも同じ程度のレベルになっていった。
1783年の浅間山大噴火によって北関東、特に上州(群馬)の広大な農地が米作に適さなくなると、これらの地域では盛んに桑の木が育てられ生糸生産が行われるようになった。
ここに至って、生糸や絹製品は輸入品から輸出品へと変貌を遂げ、幕末から戦前にかけての主要輸出品となり1909年には生産高世界一を達成した。
しかし、第二次世界大戦によって主要輸出先であった西洋諸国との貿易が途絶えた事により日本の絹産業は急速に衰える事となる。

質問した人からのコメント

2009/5/2 17:39:07

ありがとうございました。

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