フランス軍ってどうして弱いんですか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:5/17 9:39

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第二次世界大戦初期のフランス軍は戦車の性能や数では ドイツ軍より上です。 ドイツ軍が戦車を集中させて機動戦力として使ったのに、フランス軍は 拠点防御戦闘に分散して使ったので性能を生かせませんでした。

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皆さん色々理由を付けてますが、国民性です。 第一次世界大戦、第二次世界大戦とも、ドイツに恐怖して、早々と降参してます。いわゆる口だけ、根性無しだからです。 うまく行けば、喝さいし、まずかったら全責任を取らせる。 海外サイトより 日本の近くにも、あったような、口だけ、大統領を殺す国。

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フランスは絶対王政の国家で、ドイツとは違い、早くから中央集権制が整っていましたね。 これに対し、プロイセンがヨーロッパ最大の帝国の一つであったオーストリアを破り(普墺戦争)、北ドイツ連邦という、オーストリアを除くドイツ人の国家を作り、さらに普仏戦争でフランス帝国を破ってパリに入城し、プロイセン国王ヴィルヘルム1世がヴェルサイユ宮殿で(オーストリアを除く)ドイツ諸侯の盟主となり、ドイツ帝国ちなったのが、日本の明治維新の一年後のことです。 新制のドイツ帝国は、もともとは百以上のドイツ人国家に分かれており、神聖ローマ帝国としてまとまっていたものが、その中心であったオーストリアは除外されたものの、ヨーロッパ列強の一つに昇格し、民族意識も燃えるものがあったのでしょう。(この思いは後にオーストリア出身のヒトラーがドイツにオーストリアを併合、大ドイツ帝国として結実されるが、第二次大戦の結果、またもとに戻された)。 ヨーロッパの他の国にとっては、ドイツ人という民族が統合されるのは悪夢に近いのです。 オーストリアもドイツ人の国家であり、ドイツ語を話すが、オーストリア・ハンガリー帝国としてヨーロッパ最大の帝国であった時代も長く、国内に異民族も少なくない。いわば「ドイツ人としては文明化し過ぎている」。当然、血なまぐさいのは苦手である。 イタリアもドイツと同じころに統一国家となったが、その統一の中心となったのはスイスやフランスに近い大陸部の都市国家である。ゲルマン系の血が濃い。我々がイタリア人としてイメージするのは、ローマ帝国時代に地中海全域を支配し、混血したローマ人の末裔としてのラテン文化のイタリア人であろう。しかし北部のイタリア人は金髪が多いし、商業や工業も発展しており、その本音は「お荷物になる中南部のイタリアは分離し独立したい」であろう。 フランスも確かにゲルマン人の一派が建てた国だが、ヨーロッパ原住民やラテン系の民族が多いので、ドイツのように地方分権制が成り立ちにくいということがある。ドイツのように身分差が少なく、同じドイツ人という意識がある国とは違うのである(そのため、却って愛国心と言うことが強調され、中央政府の権力が絶対だということがあり、フランス革命につながった)。

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ナポレオン戦争の頃のフランス兵は庶民の軍隊で、言わば祖国の防衛戦争という意識が強かった。これに対し、他の国の軍隊は徴兵制でもなく、いわば中世の封建諸侯の下にいる騎士団のようなものから一歩も出ていない。 明治維新で幕府軍、東北列藩同盟軍の「武士」が薩長の兵隊にコテンパンにやられたのは、前者が世襲の武士だったのに対し、薩摩の兵隊はほとんどが半農の貧乏士族であり(薩摩は人口の2割以上が形の上では士族だった。普通は5%程度)、長州も百姓や町人から兵を集めていたからである。戦わざるを得なかった兵と、戦うことに誇りを持っていた兵との違いは大きい。

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ナポレオンとWW1は旧型の戦闘形態。ww2から近代戦になってる。 ww2でナチスドイツ軍にパリを蹂躙されたのは、国防計画が半端で、防御陣地突破された、失敗した時の対抗手段が少なすぎたというのが原因とみてる。 計画は常に見直すのが上策。

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国内の政治が安定しないときのフランスは弱い。 WW2でフランスが負けた第一の理由は、1930年代のフランスは社会主義者とクロア・ド・フーを台頭とする極右との対立が激しく、内閣が30回も変わったりと殆ど安定していなかった為。 そのために、戦争の準備が殆ど進まず、ドイツ軍が自国に目を向けられた時には既に遅すぎた。 中世やナポレオン時代など、王政や独裁体制の際にはそれなりに強い。

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