コールマン・ホーキンスのWikiを読んでいると、「スウィング・ジャズ世代のミュージシャンとしては珍しく、第二次世界大戦後はビバップの分野で活躍し」

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追補します ベテラン勢はモダン・ジャズを敢えて演奏しなくとも、一定のファン層が付いていましたから、別にモダンをやる必要も無かったと言えます。 その意味では、ホーキンスがモダン・ジャズにチャレンジした事自体立派だったとも言えます。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

とても興味深く参考になるご意見をありがとうございました!

お礼日時:5/25 11:53

その他の回答(1件)

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超天才と言われている音楽的天才でもその才能はだいたい25年で尽きるというのが個人的見解です。 ポール・マッカトニーの場合最初の全米10位以内のヒット曲はビートルズの1962年の「"Love Me Do」で全米1位。 ポール・マッカトニーの最後の全米10位以内のヒット曲は、1985年の「Spies Like Us」で全米7位。 シングルヒットでその才能をはかるとしたらポール・マッカトニーの才能は23年。 スティーヴィー・ワンダーの最初の全米10位以内のヒット曲は、リトル・スティーヴィー・ワンダーとしてリリースした1963年のナンバー「Fingertips – Part 2」で全米1位。 スティーヴィー・ワンダーの最後の全米10位以内のヒット曲は1985年の「Go Home」で全米10位。スティーヴィー・ワンダーのヒット人生は22年。 生物的に才能が尽きたという事もあるかもしれませんが、ちょうど1990年頃に米国の大衆音楽は巨大なパラダイムシフトを起こしたんですよね。 超天才ポール・マッカトニーもスティーヴィー・ワンダーも1990年の壁を乗り越える事に失敗しました。 マイケル・ジャクソンも最初の全米10位以内のヒット曲は1969年のThe Jackson 5の「I Want You Back」で全米1位。最後の全米10位以内のヒット は2001年の「You Rock My World」で全米10位。 この事から考えると私の25年仮説を超える32年ですが坊や時代のThe Jackson 5のヒットを彼の功績と考える事に問題があるかもいしれないし連続性という点では実質的な彼の最後のヒット曲は全米1位になった1995年の「You Are Not Alone」でした。 最後に私自身のエピソードを語れば、私は普通の人とは比較にならないレベルで小学生時代から音楽をいろいろ聴いてきたと思いますが、その私をもってしてもヒップホップ(ラップ)を理解するのに30年かかりましたww 苦節30年www 起点はRun–D.M.C.の「ウォーク・ディス・ウェイ」が全米4位になり、ファルコの「ロック・ミー・アマデウス」が全米1位になった1986年。 今では知恵袋の洋楽カテでヒップホップ関連の質問をガンガン回答しています。 だいたい自分が10代~20代前半に慣れ親しんだ音楽がその人のソウル(魂)・ミュージックなんだと思います。 天才と言われる人でも音楽的変化にはなかなか対応できないんだと思います。 事実として。

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ご返信ありがとうございます。自分のここでの質問はあくまでビバップというかなり難しい技術の習得についての話でしたので、ヒット曲を作る才能とはまた違うことなのですが、これはこれで興味深かったです。