世界各国の宗教を學ぶのが好きなのですが 正直なところ信じるものの違いによって軋轢が生じるのはいかがなものかと感じてしまいます。 宗教による教えは「心を磨く為のもの」という認識です。

補足

他の宗教に寛容か否かという質問でした… ご意見募っております。

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形而上学のすすめ 既存の宗教組織は 「宗教」の教義の中には間違いがある事が多いです 輪廻転生が無いと言う宗教(キリスト教)もあれば (6世紀までは認めていましたが・・・) 輪廻が起こっていると言う宗教(仏教)もあります。 低俗な宗教では 自分達の組織から抜けようとする人達を脅したりしています。 たとえば その組織から抜けると地獄に落ちる・・・ 天国には行けなくなる・・・ 他の宗教は邪教だ・・・ 自分達の宗教を信じる者だけが救われる・・・ 色んな言葉で引き留めようとしますが この言葉は全部、真理では無く間違いですね この嘘が宗教カルマを生み出します。 このような嘘を平然と述べているようでは 真理を伝える宗教で無いのは当たり前になります。 真理と嘘が混じってしまっては 盲目の信者は何を信じれば良いのでしょう? 形而上学(精神世界)を学び進める事をお勧めします。 これを学び進める事で 将来、良からぬ新興宗教に捕らわれる事も無く 人生を歩む事が出来ます。 それに 色んな宗教と言う物を客観的に捉える事が出来るようになり それぞれの宗教組織の持つエゴが理解出来るようになり それぞれの宗教教義の中の何が本物で何が偽物かが理解できるようになり 人としての生きる目的も理解できるようになります。 この部分を昔から「宗教」が担っていましたが 宗教組織で取り込んでしまう宗教エゴに影響される事は無く 宗教的な精神論を含めて 今後は形而上学と言う学問で理解できるようになり 宗教には出来なかった統合が可能になります。 すなわち いかなる宗教組織にも属さず 宗教的な精神論を理解できるようになると言う事です。 科学で説明の付かない現象が 存在すると言う事が有ると言う事を前提にしているのが この形而上学の初めの1歩です。 無料で読めるサイト、シルバーバーチがあります。(無料です) http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/index.htm ここに書かれている内容を 形而上学の第1歩と位置づけても良いかと思っています。 私のサイトです。 https://alcyon.amebaownd.com/

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勧誘が迷惑だとか 恋人が特定の宗教の人で信仰をお願いされているとか 家族が特定の宗教でお祈りや活動を要請されるとか そのような事で困っているという投稿がしょっちゅうあります。

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「信じるものの違い」で軋轢なんぞ生じない。 軋轢は「集団と集団」の利害調整、防衛をめぐって生じる。つまり政治の話。

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