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ID非公開

2022/5/27 14:05

1010回答

昔の僧侶が険しい山に登る修行は現代と違って

宗教 | 登山362閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

回答(10件)

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山に登っただけで徳があると思われるのかな? 喫茶店があるわけでもなく時間つぶしもたいへんです。 開山となると祠を造る等人を案内しなければなりません。 山に入る前に援助を求めるほうが大変かも。 食糧の供給なしでは無理でしょう。

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実体験した人に、仮想体験した人はかないません。 同じ修行をした人には分かるはずです。 という事は・・・。 確かに、体験していない人たちを騙すのはわけの無い話ですね(*´ω`)

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百度参りしてみては? 信仰の強さは、上には上が居るので怠けたならばれてしまいます!

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むかしは道教の仙人とか密教や法華経の行者とか 吉野あたりの山々にいっぱいいました 当時、出家者は税を免除されていたため、 税を逃れるために勝手に出家する私度僧が多く、 修行もせず堕落した僧も多くいました。 私度僧が増えると税収が減り、 ひいては国家の基盤を揺るがすことになります。 この事態を改め仏教を本来の姿へと正すために 中国から鑑真が招かれ戒壇院を設置して 僧侶を免許制にしたのでした。 戒壇院は奈良の東大寺と 九州の観世音寺と栃木県の薬師寺の三つしかなく ここで戒律を受けなければ僧侶になることはできなくなりました。 最澄や空海も東大寺で正式な僧侶になりました。

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古今東西、そんなペテン師はいくらでも現れては消えるを繰り返して来たと思われます。 純真で朴訥な村人たちは広く世間を知る術が脆弱でした。 そこにつけ込んだ悪時恵の働く輩が理論武装して如何に自分が高尚な存在であるかを説いて回る。 いとも簡単に騙された村人たちはその輩を神の使いのように崇めて、せっせと貢ぎます。 基本構図は現代も変わりません。