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2022/6/17 23:38

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八条殿政所の跡半分に、屋を造りて守護せられ候はんずる事、地の注文これを遣わす、一家の人々よりあいて屋をもつくり、宿直をも結番して、おのおの勤め行わるべきの由、相触らしめ給うべきの状、件の如し、

文学、古典 | 日本史386閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">500

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嘉禎四年(一二三八)の八条辻固の在. 北条泰時より湯浅兵衛宛の文書 八条殿政所跡の半分の地に。屋舎を建てて、八条辻固として守護なさるべきこと、土地の注文に対して之を遣わす。ここに一族の人々が協力し、宿直の順番も決めて各々、八条辻守護勤めを行うべきである、この趣旨を一族に知らしめなさるべきである、以上、記載の通りである。 湯浅七郎兵衛宗光は、京都守護職に任じられており「~跡」とは、寛元二年十二月の幕府追加法「付父祖之知行」の意 一番から十八番までの結番の勤務表が、「在京結番定文」として。正応二年に提出されています。

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