昨日の鎌倉殿の13人みていて、なんか次は三浦家に何か起きそうなフラグを感じたのですが 史実では三浦親子は今後どうなってしまうの? 義村は

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ほんとだぁ。 驚いたのは北条は義時が嫡男なのかと思ったら、時政は義時を退けその弟(りくとの子供)を嫡男とするんだね。そしてごたごたのあと時政とりくは義時に島流しにされ、義時が2代目執権となる。 北条本家は当主が島流しでりくの子が継ぐが名越家として伊豆を与えられ、分家の義時が特宗家を名乗り、以後鎌倉は分家の義時の子孫が継いでゆく。が子孫の代で名越家(本家)とごたごたとなり三浦は本家について滅亡

お礼日時:6/27 19:56

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梶原景時の変・畠山重忠の乱・牧氏の変などの中心で関わっていきます。 一族の和田合戦・実朝暗殺・公暁討伐でも上手く立ち回り駿河守に任官。 承久の乱・伊賀氏の変でも上手く立ち回る。 執権北条泰時の下では宿老として北条氏に次ぐNO2。4代将軍・藤原頼経は三浦一族と接近するようになり、義村は子の泰村と共に近しく仕えた。 泰村は泰時の孫8代執権北条時頼になると三浦氏は危険視されるようになる。 宝治元年(1247年)、時頼と安達景盛の策謀にかかった三浦泰村は鎌倉で挙兵した。しかしこの反乱は結果的に失敗で、北条軍と安達軍の前に三浦軍は大敗し、追いつめられた泰村は妻子一族郎党と共に鎌倉の法華堂で自害して果てた(宝治合戦)。 宝治合戦において傍流の佐原盛時は北条方に付き、三浦盛時と改め三浦氏を再興する。 桓武平氏の三浦佐原氏は現・三浦半島の横須賀市佐原で桓武平氏の千葉氏支流下総国香取郡佐原とは別流

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義村は義時の死後も生き続けるので、大して心配は要らないでしょう。

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三浦一党は「義村」までは無事です。よってドラマでは「やる側」にはなっても「やられる側」にはなりません。 その後の代で北条に滅ぼされます。

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史実のネタバレ注意 今すぐに三浦家に何か起こる事はないでしょう (三浦義澄はもうすぐ退場のようですが、普通に寿命です) 何か起こるならラストだと思います ラスト、頼家(万寿)の弟、三代将軍 源実朝(みなもとの さねとも 幼名一幡 いちまん)が、頼家の遺児、出家していた公暁(こうぎょう。くぎょうとも 幼名善哉 ぜんざい)に命を狙われます そして結局、公暁に暗殺されてしまいます その時、主人公の北条義時は源実朝に付き添う予定だったのですが、事前に実朝が狙われるという情報を入手して助かります (公暁は殺されます) しかし(諸説ありますが、一説には)公暁を煽り源実朝と北条義時の命を狙っていたのは、三浦義村だった…とも言われています 今は仲が良さそうな二人ですが、後半のクライマックスでは命を狙い狙われの関係になる…のかもしれません (ただし三谷さんが三浦義村の実朝暗殺関与説を取るのかどうかはまだわかりません 義村は暗殺にかかわっていない説もあります) 三浦義村は(仮に)この事件にかかわっていたのだとしても上手く逃れたのか、史実では義時よりも長生きします 義時は普通に病により63歳で亡くなっています (義時もこの時代なら長く生きた方です)

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三浦一族はもう少し後の時代に滅ぼされますが、このドラマ中は安泰です。