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2022/6/26 19:32

44回答

至急お願いします 江戸時代のとき、藩主と高家ではどちらの方が 身分が上だったのでしょうか(:_;)

日本史85閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

みなさんみなさん本当に回答ありがとうございました。 日本史のテストここの範囲救われました。、

お礼日時:6/30 15:21

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「藩主」は大名のことで、「高家」は旗本の中でも幕府の儀式などを担当する役職、またはその役職に就ける家柄のことです。石高は当然大名の方が高いのですが、高家は江戸時代以前の守護大名の子孫などの名門が多く、朝廷から与えられる官位も高家の方が大抵の大名より上でした。側衆や寺社奉行以外の奉行(奉公ではない)なども旗本の中から選ばれる役職です。

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奥高家の官位は従四位上までに昇ります。 一般の大名は従五位下です。従五位下の上は従四位下です。(大名、旗本の従五位上の任官はありませんが)従四位上は一般の大名の三ランク上の官位となります。老中は従四位上に昇ります 新任老中は従四位下です。奥高家(現職高家、非職高家は表高家という)の古参は実に老中並みの官位となるのです。殿中では官位がものをいいます。奥高家は老中、国主大名並みの官位や少将等の官職に叙せられるという別格の扱いです。平大名などいかに万石以上であっても官位官職では奥高家の足元にも及びません。 幕臣の役職の席次は大概順を見れば一目瞭然です。武鑑(復刻版あり)も大概順に倣った順で役職者が記載されています。 幕臣の役職の最高位が奥高家で側衆が続きます。ずっと下がって大目付(道中奉行兼任)町奉行、勘定奉行と続きます。武官が上位に置かれ勘定系の役職の序列は低く扱われます。 禄高の高低が家格の指標ではありますが殿中での席次は複雑で役職にしても諸大夫役職(○○守)布衣役職(正六位相当)と序列もあり禄高だけでは格式は計れません。

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大名ですから、当然高家(旗本)よりも石高は上です。大名ともなれば、例えば譜代大名の四、五万石程度の小大名でも老中のなることもあります。 高家はたかが千石から四千石程度の儀典官です。格式の点では比較になりません。