フランシスコザビエルは日本人を人身売買するための スペインの奴隷商人の手先だったのですか

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ザビエルは自分が正しいと思ったのを布教することが善行だ と思ってたのはありますが、奴隷にして人身売買する目的とは 違うような気がします。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

お二人有難うございました。

お礼日時:7/1 23:56

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1400年代後半から1500年代半ばにかけてスペインとポルトガルの間で世界を二分する条約が何度も結ばれています。つまり地球はこの二か国の所有物という事です。そこにはイギリスやフランスなどは加盟させてもらえなかった。 当時はまだイギリスやフランス、スペイン、ポルトガルとも教会との深い関係があり、教皇は半ば天皇に近い存在で、すべての政策は教皇の承認が必要だったのです。そのため教皇の主張もかなり影響力を持っていたのですが、この時期になるともはや事後承認だけで、教会の意見も無視されていました。それで結局世界は「早い(到達した)者勝ち」という状態になった。これが大航海時代です。そこで条約から阻害されたイギリスとフランスも世界中に船団を送ると同時に海賊を雇ってスペインとポルトガル船を攻撃する行為をしたわけです。これは大航海時代の終盤に当たります。 アジアは資源なども豊富で、まさに列強の奪い合いになりました。その中でスペインポルトガルが欲したのが日本だったのです。当時はアメリカはまだ開発途中で基本はポルトガルの領土でしたが南米にはスペインの領土も認められていました、つまり黒船など夢のまた夢なのです。 教会が直接人身売買に関わったかどうかは分かりません。しかしヨーロッパ制圧当時から武力で土地を制圧し、キリスト教に改宗させることで国による支配と信仰における支配の二重の隷属を各国が敷いていたのです。 スペインやポルトガルは軍を日本に派遣し武力支配する代わりに表向き交易を行いながらキリスト教に改宗させる政策をとったわけです。そこでインドで大きな成果を上げたザビエルを日本に派遣したのです。 ところが通事が人身売買の話をしているのを聞いてしまい秀吉に知らせたことでポルトガルやスペインの真の意図を知ってしまったことから秀吉のキリスト教禁止令(バテレン追放令)発布につながったわけです。 教会にとって、ザビエルは布教目的でありポルトガルやスペインにとっては回収することで隷属を確保するという思惑がありました。しかし後のルイスフロイスは教皇から日本の様子や記録を付けるようにという使命を受けているので、布教よりそちらを優先したのでしょう。だから長崎に逃れてもそれ以上の弾圧は受けなかったのだと思います。 日本側も脅威は日本の仏教や神道に対する迫害、それに反発する特に仏教の攻撃を避けるためと人身売買の防止ですから、必要以上に表立って活動しなければ処罰する気もなかったんですよ。とにかく百姓が減っては国が成り立ちませんからね。ましてや領民を信仰だけで迫害することなど各領主ができるわけがない。 ポルトガルやスペインにとって日本は植民地ですから、生殺与奪はほしいままです。そしてキリスト教に改宗すれば、日本人(領民)は特に従順ですから奪わなくても付いていくことは多かったでしょう。事実すでにその頃には日本自体もインドあたりまでの交易があり、数こそ少なかったのですが各地に日本人がいました。さらにザビエルが来日することにはインドにザビエルに仕える日本人も居ました。時代劇の様に拉致して売り飛ばす必要もなく、改宗させて誘い出してから正体をあらわせば良いのですからね。

確認したところネット上やWikipediaでもある程度書かれているので,資料を集めなくても概略は把握できるはずです。 すでにWikipediaにはばて乱追放令の原因の一つに人身売買があると書かれていました(6月30日現在)