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劉備や張飛、関羽が亡くなった後の諸葛亮孔明をどう思いますか?

mag********さん

2009/6/1022:10:18

劉備や張飛、関羽が亡くなった後の諸葛亮孔明をどう思いますか?

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kho********さん

2009/6/1115:37:17

劉備、張飛と関羽が亡くなった後、孔明さんが書いた原文(古代中国語)は:
先帝创业未半而中道崩殂,今天下三分,益州疲弊,此诚危急存亡之秋也。然侍卫之臣不懈于内,忠志之士忘身于外者。盖追先帝之殊遇,欲报之于陛下也。诚宜开张圣听,以光先帝遗德,不宜妄自菲薄,引喻失义,以塞忠谏之路也。

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2009/6/1311:26:35

少ない予算と足りない人材の中で精一杯よく頑張ったと思いますよ。

ただし意外に人を見る目はないし、人の好悪も目立ちますから、一般のイメージほど公平な人間ではないし、
政治家ではあっても軍才は大したことがなく、さまざまな制限の中では順当な作戦しか取りようがなかった人ですね。
軍事部門では天才鬼才なんて人じゃないです。

コッチーさん

編集あり2009/6/1204:21:01

正史によると実は劉備自身、戦場ではあまり頼っていなかったと思います。蜀呉の戦いでも外されていますし、漢中攻防戦でも実際に作戦を立案したのは法正だといいますので、少なくとも軍事においては現実派であった法正を信頼していた様です。(孔明自身も蜀呉の戦いに赴く劉備を止められず「法正さえ生きていればわが君を止められたであろうに」と嘆いていた)むしろ劉備は軍師孔明ではなく政治家孔明の活躍を期待していたと思う。私の評価は夷陵の戦いで本来なら滅亡一直線の蜀を塩鉄の専売制などの経済政策による経済的領国の建て直し、及び外交的には呉との関係修繕等に奔走して北伐へと向かう基盤を整えた面から少なくとも政治家としての孔明は天才として評価できる。しかし馬しょくは劉備から「実力以上の事を言うから重大な仕事は任せるな」といわれていたと言いますし、軍事にしても補給の面を考えて北伐を行ったのかという疑問も残るので万能の天才軍師とは評価はしづらいところがある。

T・Sさん

2009/6/1121:02:02

ワンマンな気がしますね。
蜀の政治、軍事、外交全てを取り仕切っていたそうですから。
死因も過労から来るものだったとも言われているそうですし。
やはり天才的な軍師でも辛かったかもしれません。

qqm********さん

2009/6/1108:05:04

なんか自分一人で何もかも抱え込んで仕事をしていたような気がします。優秀な人材がいなかったせいもあるし、君主の劉禅がぐうたらだったしねぇ…良い人材がいれば諸葛亮も死ぬことは無かっただろうに…

ムーミンさん

2009/6/1023:30:33

優秀な人材がなくなり、大変だったなあと思います。

自分の後継者としようとした人を、軍律により処罰しなければならなかった、

「泣いて馬しょくを切る」時は、どんなに悲しい思いをしたか気の毒に思います。

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