単純に、「反戦・反貧困・反差別共同行動」に集結しているだけでしょう。
「共同行動」だもん。
もともと日本赤軍もその思想の中で生まれたもの。
このイベント自体は知らないが、市民運動の中心部には、かつての新左翼活動家、あるいは新左翼党派活動家がいることが多い。そのツテで講演の話がきたのだろうと思う。これが日本共産党だったら重信さんは絶対に呼ばない。絶対に。
そして、れいわ新撰組には、新左翼系の思想をもった人に人気があるようです。党名は、幕末の人斬り愚連隊なわけで、極めて右翼的なのだけど、別の言い方で言えば、浪花節党派です。実は、新左翼というのは、根元は浪花節なのであって、率直な意見主張に共感しやすい体質がある。だから、れいわ新撰組にも声がかかった。
また、変革や革命は、価値観と生活の大きな転換なので、もともと手段のなかにテロや一揆、内戦、戦争などを含むものなのであって、テロを特別視する考え方のほうがおかしいと思う。政治において戦争を見て見ぬふりができるわけではない。その意味では、日本赤軍に対して敷居が低いかもしれない。
ただ、重信房子さんは日本赤軍の解散宣言を出したわけで。(日本赤軍の内部で異論はあったような話もあったと思うが、解散宣言は全国新聞に掲載され、僕は呆然として職場に退職願いを出した)
たとえば、山口組が解散したとして、その後、司忍さんが演説しているのと変わりはないでしょう。両者共に出所しているわけで。
日本赤軍が特別なのは、軍事革命路線を現実化した唯一の党派だからでしょう。連合赤軍もその展開。今はどこの党派もそんな路線をとってはいない。
安倍総理の殺害や岸田総理への襲撃、國松警察庁長官狙撃をやったのは、極左党派ではない。狙撃は未解決ですが、これらは個人的な動機による単独犯行です。富士山麓で自動小銃の生産をしたのは、宗教組織ではあったが極左ではない。これはいったいどういうことなのか。
中核派、革マル派、解放派、同胞を百人以上も殺したような軍事地下組織、革命軍をもっていたのに、政権奪取を実行できなかったのはなぜか。 恥を知れ、と言いたい。なにが大衆路線か。前衛がどう変えたというのか。
しかし、日本赤軍はやろうとした。しかも、世界革命に実際に手をつけた。
まあ。裏では政権の中枢に食い込んでいる可能性は無きにしも非ずだけどなあ。だって。どうして中核と革マルの殺し合いが消えた? おかしいだろ? どんな取引したのかな。
重信さんと一緒に歩いてみたいですよ。
軽井沢の狂気の殺戮寸前で生き延びた人と歩いたことがあった。風が吹くんですよ。本当に当時の風が吹くんですよ。もう驚いたのなんの。なにも話さないのに、いや、何か話していただろうか。でも、ただ歩いているだけで。
そういえば、塩見議長にも会いに行ったんだが、たまたま会えなかったなあ。
こんなこと書いてるとブチ切れる奴がいると思うけど、異論のある奴はいつでもいらっしゃい。
新左翼界隈の人間なら、活動名トチローと言えば、どこの誰だかわかるでしょ。ここらでひとつ花火でもやりませんか?