ID非公開

2023/12/2 17:40

55回答

太平洋戦争の時、上下の関係が特に厳しかったと聞きます。少尉は中尉に意見が出来ず、中佐は大佐に意見が出来ず、上官の命令は天皇の命令と思えと組織の体制がかなり硬直化していたと聞きます。

ベストアンサー

NEW! この回答はいかがでしたか? リアクションしてみよう

ID非公開

質問者2023/12/3 10:57

わたしが述べているのは決して自由気ままに個人の思うがままに何でもやっていいということではありません。何事もバランスが大切です。当然、命令は絶対ですが、旧日本軍のように一刻一刻と目まぐるしく状況が変化する戦場において一人の指揮官にすべてを依存するのは危険だということです。旧日本軍の場合は一から十まで指揮官の指示に頼っていたと聞きます。で、指揮官が撃たれると指揮系統が失われ総崩れです。これに対してアメリカ軍は指揮官がもし撃たれても、個人個人に判断する裁量を与えていました。これによって兵士たちは混戦状態に陥っても現場の自分たちの判断で命令(目的)達成の為に創意工夫して戦闘行為を継続したと言います。

その他の回答(4件)

陸海軍共に命令には絶対服従と言う原則は変わりません、しかしロボットではなく人間同士の話なのでお互いの関係性によって違ったりするのですよ 特に命令ではなく構想段階での意見具申なら抗命にはなりません、これは陸軍海軍の別はないです 山本五十六の話はあくまでも連合艦隊の作戦構想として上申している話です、つまり逆らってるのではなく「こうしたいから許可をくれ」と言ってるだけ、これも場合によっては「許可はできず再考せよ」とか「作戦命令としてはこうであるから命令には従え」と言われては従わないとなりません・・・しかし、永野修身が「やって良い」と許可したんで問題はないわけです 他の方の出してるガダルカナルの事例など突撃「命令」が出た後に「熟考すべき」なんて意見具申したら「命令に逆らうのか」と言われるのは当たり前です 陸軍はむしろ甘い方で、インパール作戦では佐藤幸徳第31師団長が牟田口司令官を痛烈に批判し独断で撤退したものを、牟田口も戦線崩壊を防ぐ意味から追認してます 牟田口の方も盧溝橋事件で独断専行を上官に追認されたこともあって部下の抗命を許したと後述してます ま、考えようによっては陸軍は良い悪いは別として言うことを聞かない人間ばかりです、関東軍なんて日本陸軍から独立してるかのような振る舞いですし・・・ 海軍の方が命令不服従には非情に厳しいですよ徹底抗戦を主張した小園大佐以下の厚木航空隊はきっちり戦後も刑務所に入っていますが、宮城事件の陸軍将校は終戦と同時に釈放されてます 元々海軍は艦艇から逃げることも上官をどさくさで撃ち殺すことも出来ませんから、陸軍に比べ上意下達は徹底してました 後、坂井三郎氏が特に笹井中尉に言及してるのは、「他の将校と違い言うことを聞いてくれたから」です、大空のサムライには将校への不平不満がやたら出てきますし、彼が士官の搭乗者を「腕が悪くても階級を笠に着て下士官搭乗者を顎で使う」と毛嫌いしていたのは有名な話です 「陸軍は士官も下士官も区別せず同じ飯を食うのに、海軍では士官だけ良い飯を食う」とラバウルで抗議したりしてます もっとも葬儀には坂井氏が仲間だと思っていた下士官搭乗者は彼を嫌って誰も参列せず、彼の嫌っていた士官の搭乗者ばかりが参列したそうですが・・・

陸軍と海軍では違います。命令絶対服従なのは、陸軍の方です。 例えば、ガダルカナル戦記では、米軍陣地への突撃を命令する上官に対して、中隊長(大尉)が、いたずらに突撃しても損害が増えるだけなので、攻め方を熟考すべきと意見具申するも、突撃を強要されたという証言がでてきます。 一方で、海軍の戦記物では、上官の命令に逆らう場面が、たくさん見られます。坂井三郎の空戦記では、有名な笹井中尉を部下の軍曹として指導する場面もあります。 その違いは、組織の運営形態の違いに基づくのではないかと思います。 陸戦は、敵弾が飛来する中に、命令されたら突撃しなくてはなりません。死ぬ可能性が高くても、有無を言わせずに突っ込ませなければ作戦は成り立ちません。 一方の海軍は、船の上でのチームワークが大切です。船の乗員が一丸となって戦うことが重要です。チームワークで重要なことは、構成員の間のコミュニケーションです。兵が命令に盲従すれば良いというわけではないのです。

意見は言えますよ。「意見具申」という言葉があります。 それに、下っ端はともかく、師団司令部とか軍司令部とかいった組織になると 司令官はお神輿。作戦の立案とかは中佐あたりがやってます。中佐が作戦計画案作って 「閣下、このような計画でゆこうと思います」 「そうか・・・しかし、ここのところは難しいのではないかな?」 「いえ、それはこういうふうにやれば・・・」 「うん、そうか、ではそれでいこう」 という感じで作戦命令が出るのです。

こんばんは 意見を言われたかどうかはわかりませんが、「必ず死んでこい」との命令で 特攻隊で9回飛び立ち、その9回とも生還された佐々木友次さんがいらっしゃ います。 認められたかどうかわかりませんが、上官に9回も逆らったことにはなります。 太平洋戦争時では、異例中の異例でしょう。 佐々木友次は2016年まで生きられたそうです。